ところでフィアットはセグメントCで、過去20年の間、屈辱的ともいえる辛酸をなめてきた。故郷イタリアで、輸入車に勝てないのである。
その先駆けとして期待を背負わされたのは1988年発表の「ティーポ」だった。「VWゴルフ」をイタリア半島から駆逐することを標榜したものの、目標は果たせなかった。
その後継モデルとして1995年に登場した初代ブラーヴォは、姉妹車「ブラーヴァ」「マレア」とともにデビュー当初それなりに善戦した。
しかし次第に苦戦するようになり、モデル末期には一般ユーザー向けというよりも大量納入された官公庁やパトカーのイメージが強くなってしまった。
続いて2001年にデビューした「スティーロ」は、擬似ドイツ車的スタイングが不評をよんだうえ、ユーザーの間では「電装系が弱い」という評判がつきまとった。
筆者の周囲にもスティーロ3ドアを購入したものの、たび重なる修理入庫に愛想をつかせて乗り換えてしまった知人がいた。また、各地のディーラーには、すでにナンバーが付いた即納スティーロが展示されていたものだった。
参考までに、2006年11月のイタリア国内新車登録で、VWゴルフは3472台を記録したのに対し、スティーロはワゴンを合わせても1929台に留まった。

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