■凝りに凝った高性能エンジン
1968年10月、その年の日本の自動車界における最大の話題だった噂のホンダ大衆車は、「ホンダ1300」という素っ気ない車名を与えられて発表された。
一見したところオーソドックスな4ドアセダンだったが、ホンダの主張によれば「2000ccクラスのパワー・1500ccクラスの居住性・1000ccクラスの経済性」を持ちあわせた「世界をリードするスーパーセダン」。たしかにその中身、とりわけエンジンは予想に違わず独創的だった。
ホンダの創業者であり、1300開発の陣頭指揮を取った故・本田宗一郎は、「水冷だってラジエターを空気で冷やすんだから、結局は水を媒介とした空冷にすぎない。だったら最初から空冷のほうが合理的」という信念のもと、F1マシン(「RA302」)にまで空冷エンジンを持ち込んだ熱烈な空冷原理主義者だった。
よって1300のエンジンも空冷であろうことは事前に予想されていたわけだが、前述したとおりDDAC(デュオ・ダイナ・エア・クーリングシステム=一体式二重空冷)と呼ばれる凝りに凝ったその構造は、世界でも例を見ないものだった。
「N360」など2気筒エンジンの軽を除けばこれも国産では初めてだった、横置きされて前輪を駆動する直4SOHC1298ccエンジンのアルミ製のシリンダーブロックとヘッドは、やはりアルミ製の「エアジャケット」ですっぽり覆われていた。
このエアジャケットとブロック/ヘッドの間を、ちょうど水冷エンジンにおける水路を冷却水が通るように、シロッコファンによって強制的に送られた空気が通過して冷却するのである。
また走行中には、導入された外気によってもエンジン外壁は冷却される。これらの強制空冷と自然空冷をして、DDAC(二重空冷)というわけである。
空冷エンジンではオイルによる冷却も重要だが、1300では潤滑機構にこれまたF1マシン譲りのドライサンプを採用していた。市販車、それも実用サルーンでは極めて稀な例だが、ウェットサンプと異なりオイル撹拌をしないためパワーロスがなく、オイルの劣化も少なく油温が安定し、またオイルパンがないぶんエンジン高を抑えられ、重心が低くなるという利点も生まれた。