元レーシングドライバーでモータージャーナリストのポール・フレール氏が、2008年2月23日に逝去した。(
既報のとおり)。91歳だった。
ボクは、『CG』『NAVI』の幸運なスタッフのように、氏が運転するクルマのパセンジャーシートに乗る機会はついぞなかったが、晩年のフレール氏とさまざまな場所で会うことができた。その追想を繋ぎ合わせることで、氏の人柄を偲んでいただければと思う。
ボクが初めてフレール氏に出会ったのは2002年。当時パリで毎年開催されていたコンクール・デレガンス「ルイ・ヴィトン・クラシック(LVC)」の会場だった。
審査員として来ていたフレール氏と、ランチのテーブルで偶然隣り合ったのだ。ボクのイタリア訛り丸出しのフランス語で気安く話しかけては失礼。そう思った筆者は、フレール氏と話すかわりに、食事中のほとんどを反対側にいた別のジャーナリストと会話していた。
ところがプラ・プランシパル(メイン)が終わって、デザートを待っていたときだ。ボクともう1人のジャーナリストのデザート皿に、名刺が置いてあるではないか。ボクが夢中になって喋っているうち、フレール氏がそっと名刺を置いたのだ。思わず「大先生」の顔を見ると、鮮やかなテーブルマジックをこなした手品師のように、いたずらっぽく笑っていた。
先に名刺を出させてしまうとは。いや、それよりも、名刺など頂けるなどと思わなかったのだ。