2002年のことだった。ベルトーニの故郷ヴァレーゼで回顧展が開かれることを、ボクは知った。会場を訪れてみると、DSのほか、同様に彼が手がけた「トラクシオン・アヴァン」「2CV」「アミ6」が並んでいて、スイスやフランスのシトロエニストが自らの愛車で集結していた。
同時に、彼が手がけたさまざまな彫刻や絵画も展示されていた。
彼は生涯、自らをカーデザイナーではなくアーティストと自任していたのである。もちろん実力も伴っていた。芸術の都パリのさまざま著名展で、優勝も含む入選を次々と果たしていった。アルプスの向こうから来たその小柄な男は、パリの画壇や知識人の間でその名を知られていったのだった。
また、戦中・戦後をまたいで猛勉強に取り組み、建築家の資格も取得するという快挙も成し遂げた。
回顧展の当日、、フラミニオの長男レオナルド氏は会見で「父は『タイヤが付いた瞬間、私の作品は冒涜される!』と怒ったのです」と逸話を語った。ベルトーニにとっては、車も製品ではなく「作品」だったのである。
同時にレオナルド氏は、ボクがその日乗ってきたスマートを指して、「父は早くも戦前に、こうした小型のコミューターを考えていました」と教えてくれた。彼はシトロエン以外にも、クルマを手がけていたのだ。
その日以来ボクは、イタリアとフランスを駆け抜けたフラミニオ・ベルトーニという天才に興味をもち、その足跡に引き込まれていった。
そしてその直後、イタルデザインのファブリツィオ・ジウジアーロ(現副会長)に会ったのでフラミニオ・ベルトーニのことを聞いてみると、「ベルトーニは素晴らしい人だ」と感慨深げに教えてくれた。

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