祖父の代からアルファに勤めるというテストドライバー氏は、僕を助手席に乗せ、まずはブリッピングを何度か繰り返した。何より先に、そのエグゾーストノートを楽しめ、というのである。ファン、ファンという情熱的な音が辺りに鳴り響く。むろん2シーターのコクピットをも満たす。
なんという快音なんだろう!
「自分でも何てラッキーなんだって思うよ。だってこんなにサウンドの素晴らしい、本物のスポーツカーの開発に携われたんだから。いつかはこの8Cみたいなクルマを作りたいって、ずっと思い続けてきたんだ」
こういう“血の濃い”人々が、世代を越え、アルファの血脈を絶やさず、現代まで引き継いできたのだな、と思うと胸が熱くなる。
サルーンであれ、コンパクト・ハッチバックであれ、由緒正しきアルファのブランドマークがつく限り、その製品は常にスポーティーな香りを漂わせてきた。経営危機に瀕しても、あるいは本社機能がミラノからトリノに移ろうと、ただその一点だけは変わらなかった。いや変わりようがなかったのだろう。
しかし何故かアルファは“IL MOSTRO”と呼ばれた2代目SZ(ES30)以降、本格的なスポーツカーを長く作らなかった。いや巨大なFIATグループの中にあって、フェラーリやマセラーティとの明確な差別化を図るために、作りたくても作れなかったといった方が正しいのかもしれない。
そんなFIATグループの戦略に異議を唱え改革を迫ったのは、世界中のアルファ・ロメオ信奉家、スポーツカーマニアたちだった。単なるショーカーでしかなかった8Cコンペティツィオーネ。しかしそのクラシックなスタイリングを持つスポーツカーはたちまち評判を呼び、賞賛の声を集めた。それが巨大メーカーの重い腰を遂に上げさせたといっていい。