仕事に追われる日々。そんなときに見つけた一滴のしずく。その小さな輝きがぽとりと落ちた瞬間、心に潤いと活力が生まれるのを感じた。新しいグラントゥーリズモS、マセラーティ史上最速のクーペとの出会いに、僕は運命を感じずにはいられなかった。
マセラーティ・グラントゥーリズモS(GTS)がワールドプレミアを飾ったのは、“普通”のグラントゥーリズモの登場からちょうど1年後、2008年3月のジュネーヴ・ショーである。僕がGTSを目の当たりにしたのはそれからさらに2ヵ月後の東京で、コーンズ主催の発表会でのことだった。しかし、このとき心に響くものを感じたわけではない。トライデントに入れられた2本の赤いライン、巨大な20インチ・ホイール、その中に隠されたブレンボ製のモノブロックキャリパー、そしてリアスポイラー一体型に形状を変えた強化プラスチックのトランクリッドなど、ボディのあちこちに散りばめられたアイテムが高性能を物語っていたけれど、その洗練された装いのせいか、ここでは「ラクシュリーカーの延長線……」、そのぐらいにしか思えなかった。
ところが発表会から5日後、今度はモデナに飛んで実際にステアリングを握ってみて、それが間違いだったことに気づかされた。エミリア街道を走らせ、雨のワインディングロードを駆け抜けることで、見た目の上品さとは裏腹に、GTSの体内に熱い血が流れていることを思い知らされたのだ。
開発陣はGTSに“デイリー・レーシングカー”という開発コンセプトを掲げ、そのためにパワートレーンを一新。V8ユニットのパワーアップに留まらず、ギアボックスを6段ATから6段MTベースのセミ・オートマチックへ、しかもトランスアクスル方式へと大改造を施したのである。もちろん、それに合わせてサスペンションやブレーキに手を加えることも忘れてはいなかった。一瞥しただけでは単なるスポーティ・バージョンにも見えて、実はとても気合いの入ったスポーツカーなのだ。まずはその心臓部を覗いてみることにしよう。