1970年代に30代だったリポーターの世代にとって、アコードというクルマは、まさに「あらまほしき生活」の象徴のようだった。コロナやブルーバードの日本的風景からは決別しているし、外車のように背を伸ばすことは要求しない。当時はやっていた「ニューファミリー」という言葉にぴったりの、ちょっと気取って構えつつも、社会の先端で真面目に挑戦していくような人間に相応しいクルマとして目に映った。
それから何世代か経て、90年代に入った頃まで、このアコードの位置は変わらなかった。世界中で比較的リベラルで前向きな中産階級向けの、スポーティで品のいい社会ツール、そういった感じがした。ニューヨークで見るアコードも、ベルリンで出会うアコードもみな、同じメッセージを発していた。
でも、それから多くの月日が流れ、世界は大きく変化している。
そして今、発表されたばかりの8代目アコードと出会って、やや複雑な気持ちになった。図体はレジェンド並みに大きく、たくましく盛り上げた筋骨を彫刻刀でえぐり、鋭い刃物でエッジを付けたような挑戦的なイメージで固められた、妙にアグレッシブなクルマと対面することになったからだ。
このクルマを手がけたエンジニアの話を聞くと、とても緻密に考えられ、細かい配慮とともに精緻に作られていることを知る。でも実際に走ると、繊細さや上品さよりもスポーティさやダイナミズムを、より直接的に訴えようとしていることが分かる。
いうまでもなく他のクルマと同様に、アコードもまた、時代とともに生きなくてはならない。現代社会の要求が、8代目アコードを作り上げていた。