『坂の上の雲』の舞台・松山へ 「ボルボS60」で行く歴史散策の旅 サトータケシ×ボルボS60 DRIVe 明治維新から日露戦争の勝利に至る明治の日本を描いた  司馬遼太郎の小説『坂の上の雲』。  福岡から東京へ向かうサトータケシがまず「S60」で向かったのは、主人公たちの故郷である愛媛県松山市だった。

webCG

ミュージアム内部は、回廊でぐるぐる回る。

日本の騎兵を育てた秋山好古。

 思ったよりはるかに立派だった秋山兄弟の生家。

雨なので“坂の上は雲だらけ”でした

ミュージアム内部は回廊をぐるぐる回るかたちになっていて、やはり安藤忠雄が設計した表参道ヒルズの規模を小さくした雰囲気。日露戦争を報道するイギリスの雑誌だとか正岡子規が勤めていた日本新聞社の編集部を再現した部屋だとか、展示内容は『坂の上の雲』フリークにはたまらない。作中のいくつものシーンが、展示物とともに立体的によみがえる。そうか、史上最強の騎兵といわれるコサック師団をやぶった好古兄さんは、本当に私欲のない人だったのか、平日の夕方だというのに、たくさんの来場者が次々にやってくる。  ミュージアムを出て、路地に入って秋山兄弟生誕地を探す。想像していた通りの細い路地に秋山兄弟の生家はあって、うれしくなる。「秋山の淳ほどわるいやつはいない」と言われたガキ大将の真之が、今にも飛び出して来そうだ。一方、生家は想像よりはるかに大きな家だった。好古兄さんが「お豆腐ほどお金をこしらえてあげるぞな」と言うほど生活は苦しかったはずだけど。  雨の中で写真を撮っていたら、おばあさんが傘を差しかざしてくれた。司馬遼太郎によれば伊予というのは悠長な土地柄らしいけれど、たぶん人柄もいいのだろう。坂の上の雲を探そうと思ったが、雨なので坂の上は雲だらけ。ま、目的は達成したということで。

  • Back
  • Back