アウディの「フォーリングズ」が、生誕75周年

2007.08.02 自動車ニュース

アウディの「フォーリングズ」が、生誕75周年

独アウディのブランドマーク「フォーリングズ」が誕生から75周年を迎えた。

「アウディ」は、創業者のA.Horch(ホルヒ)氏が、自分の名字をラテン語に訳し社名にしたものだ。
1899年にホルヒ社を創業した同氏は、やがて経営困難をむかえ、1909年に監査役会に退社させられると、新たに会社を設立した。その社名も同じ「ホルヒ」としたため、両ホルヒ社間で社名に関する裁判が起こり、ホルヒ氏は敗訴。ドイツ語の「ホルヒ!(=聞きなさい!)」をラテン語の「アウディ」とする発想(1910年〜)は、友達の息子(10歳)が考えたとされている。その後、1920年にホルヒ氏は引退した。

■世界恐慌で生まれた4つのリング

1920年代、大量生産のアメリカ車の普及により、アウディの経営は悪化。1928年、「DKW」社に買収された。1929年以降、ドイツの自動車メーカーは世界恐慌で危機におちいる。その結果、1932年にドイツ・ザクセン地方の自動車メーカーである、「アウディ」「ホルヒ」「DKW」「ヴァンダラー」の4社が「アウトウニオン」社として合併した。
ブランドマークの4つのリングは、4社の合併を意味している。バイクから高級車までをラインアップする総合的な自動車メーカーとなり、ドイツ自動車メーカーのなかではナンバー2に躍り出た(1位はオペル)。

終戦後、東ドイツで消えたアウトウニオンは西ドイツのインゴルシュタットで新たにスタート。数年間ダイムラーベンツの傘下となり、1964年にフォルクスワーゲンに買収された。さらに1969年にNSU社との合併を経て、最終的には1985年に「アウディ株式会社」という社名となった。

■輝かしいプレミアムブランドへ

アウディは1990年代からフォルクスワーゲンの高級部門としての役割を果たし、ダイムラーベンツ(メルセデス)やBMWに対抗してきた。今日、ドイツの消費者にとって、アウディのブランドイメージはメルセデスやBMWとほぼ同レベルといえよう。

シュレーダー前首相が1998年に就任した際、それまで伝統的に「メルセデスSクラス」だったクルマを「アウディA8」に変えたことは、アウディ成功の象徴であった。当時、4度の結婚を繰り返したシュレーダー氏は、「アウディを選んだのは、4つのリングがある唯一のブランドだからだ」とジョークをとばした。

そのリングも、はや75年―――同社の発表によると、アウトウニオン75周年を記念して、本社のアウディ博物館のほか、ドイツはザクセン州のホルヒ博物館と工業博物館で特別展示会が催されるとのことだ。

(文=廣川あゆみ/写真=アウディ)

アウディ本社のミュージアムに展示された、「アウディ」「DKW」「ホルヒ」「ヴァンダラー」の各モデル。アウトウニオン設立当時(1932年)のクルマたちだ。
アウディ本社のミュージアムに展示された、「アウディ」「DKW」「ホルヒ」「ヴァンダラー」の各モデル。アウトウニオン設立当時(1932年)のクルマたちだ。
2006年5月、ウィーンの国際会議に向かう「アウディA8」の隊列。
2006年5月、ウィーンの国際会議に向かう「アウディA8」の隊列。

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