第26回:8月25日「タカリ警察街道」

2007.06.20 エッセイ

第26回:8月25日「タカリ警察街道」

『10年10万キロストーリー4』刊行記念!

速度を取り締まる警察官を苦手とするのは、どこの国のドライバーも同じ。速度超過でキップを切られるのは仕方ないが……。

警官にナイショで撮ったスナップ。後ろにパトカーが見える……。
第26回:8月25日「タカリ警察街道」

タカリ警官にステッカー

朝7時チェックアウト。3部屋で4426ルーブル(約1万8000円)。うち電話代が667.55ルーブル(約2700円)。クレジットカードで支払う。
朝靄がたちこめるなか、「M7」を行く。カルディナは快調。道も空いている。きれいな緑の牧草地のアップダウンが続く。ちなみに、M7というのは、モスクワから東西南北の方向に放射線状に走る幹線道路のうちの1本で、南東方向からモスクワに入る。時計まわりに、「M1」から「M12」まで数えるところは、日本の首都高速が思い出される。

午前9時半、ウファから125km走った野原で、カメラマンの田丸さんが運転していたとき、警官に停められた。例のハンドマイク型スピード測定器で計測されており、106km/h出していたといわれる。スピードなど気にする必要のないところを、気持ちよく走っていたから、たしかにそのくらいは出ていたかもしれない。免許証、パスポート、クルマの登録書類などを見せたら、「ステッカー、もっていないか?」と“また”せびられる。ヴァルヴォリンとフェロードを1枚づつやったら、「ハラショー、スパシーバ」と礼をいわれた。

僕らの前に捕まっていた「ラーダ」のカップルからは、ワイロの100ルーブル(約400円)を堂々とせしめていたが、こちらはステッカー2枚のみ。「停めてみたら、見たこともないニホンのナンバープレートで、しかもニホンジンが運転していた。書類を書くのが面倒臭いし、ステッカーは自分のパトカーをレーシングカーみたいにカッコよく見せられるから、オッケーになったのかも」(通訳のアレクセイ)
ステッカーをパトカーに貼るかどうかはともかく、以前にも経験した、“何も記録されない警告”だった。

「もう、村を抜けたよね?」
捕まると時間をロスするので、制限速度が低くなる村や町の出入り口は特に注意しようと確認し合っていた矢先、10数km走ったところで、またスピード違反で停められる。今度も警告だけ。ワイロの必要はなかった。

カザンの先で出くわしたフェリー乗り場。
第26回:8月25日「タカリ警察街道」

第26回:8月25日「タカリ警察街道」

ドライバー同士の挨拶

カザンという大きな街に近付いたところで、初めてアルファベット表記の標識が出てきた。上から、タタール語、ロシア語、英語と3通りで書いてある。このあたりはタタルスタン共和国で、ロシア語とは違う言葉を話すタタール人が住んでいる。

カザンの前後ではM7も舗装がよく、中央分離帯付き片側2車線路が増えて、走りやすくなった。だが、それに反比例して(?)頻繁になったのが、警察のスピード違反取り締まりだ。物陰に隠れ、ハンドマイク型スピード測定器で狙ってくる。 周囲のクルマが一様に速度を落とすし、対向車線のクルマがパッシングで教えてくれるから捕まることはなかったが、ペースがガクッと落ちるのにはマイった。最近の日本ではあまり行われなくなったが、対向するクルマ同志が取り締まりをパッシングで教え合うのは、いいことだと思う。お互いに気を付けるようになるし、警察の手だって煩わせずに済むわけだし。

こちらが「気をつけろ」とパッシングすると、向こうのドライバーはハンドルを握ったまま、手の平を拡げて返事を返す。僕らも積極的に取り締まりを見付け、パッシングを繰り返してロシアのドライバーと連帯した。今日これからは、カザンからどこまで距離を伸ばせるかによって、明日、モスクワに泊まらなければならないか、それとも、一気にサンクトペテルブルグまで行けるかが決まる。こういうコミュニケーションも、ペースを保つには重要だ。


第26回:8月25日「タカリ警察街道」

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第26回:8月25日「タカリ警察街道」

カザンをすぎて

「カザンは、ロシアンマフィアが初めて出てきた街です。それは、1993年のことでした。不良少年グループが“センソウ”を何度もやって、人を殺したり、麻薬を売ったり。いま、ロシアンマフィア一番は、モスクワになりましたです」(アレクセイ)
おー、嫌だイヤだ。一刻も早く、そしてすこしでも遠くにカザンから離れようっと。
「でも、今日は日本と同じようなペースでしか走れないな。タタルスタン共和国では、警察の取り締まりに気を取られてしまうからね」
「気を取られるのは、道じゃなくて」
「そう。今までは、路面状況と他のクルマだけに注意を払っていれば、安全かつ速く走ることができたんだ。つまり、走ることに集中できた。でも、ここは走ること以外に神経を遣わなきゃいけないから、ヘンに疲れる。そのわりに距離が伸びないから、いいことは何もない」

運転席と助手席では、田丸さんとアレクセイがそんな会話をしていた。僕はそれを後席で聞きながら、地図を見ていた。僕らは、事前に各自がヨーロッパで購入したロシアの地図と、その後にウラジオストクで買った詳細道路図とを使い分けていたが、ここのところはずっと縮尺の大きな後者ばかりを使っていた。
読めないロシア語を、イーゴリさんやアレクセイに翻訳してもらいながら、地理に見当を付ける。僕も田丸さんもキリル文字が読めないから、どちらかが運転中、場所の確認をするにも、地名を読み上げて情報交換することができない。
「漢字の“王”に似ているヤツで始まる6文字で、最後がアールを逆さまにしたようなの」
「うーん、イチ、ニ、サン、シ、ゴ、ロク、ナナ?」
アルファベットや漢字なら、正しい読み方でなくても自分たちだけの“符帳”でコミュニケートできる。でも、ロシア語は解読できないのだから始末に負えない。とてもフラストレーションが溜まる。
“読めないストレス”に気付かせてくれたのが、ドイツで買った「MARCO POLO」版のロシア地図だった。すべての地名が、アルファベットの英語表記で記してある。解読すらできないロシア語地名表記も、アルファベットに置き換えてあるからスラスラだ。閉め切っていた真夏の部屋の窓を開けて入ってくる微風のように、アルファベットが爽やかに、スムーズに眼に入ってくる。アルファベットは僕たちの母国語で使っていないけど、見慣れたものがこれほど気持ちを鎮めてくれるとは。

カザンの先で雨が激しくなった。M7とモスクワを示す標識通りに走ってきたはずなのに、線路際の寂しい道になってしまった。ちょうど何かの工場があって、人が出てきたので訊いてみたところ、ルートに間違いはないという。すこし進んで驚いた。クルマを乗せて対岸へ向かう、フェリーの船着き場に着いた。首都に直結する国道が渡し船で寸断されているのだ。大きな川を10分くらいで渡る。1台80ルーブル(約320円)。
ニージニー・ノヴゴロドが近付いてくるにつれ、クルマの数が明らかに増えてきた。まだ明るいうちにニージニー・ノヴゴロドに到着。本日の走行距離、955km也。
1 軒目の大きなホテル(ホテル名すら読めないから憶えていないのです……)で、「満室」と断られたが、オカ川対岸の丘の上にあるホテルを教わる。料金は、先ほどのホテルの半額以下で眺望は抜群。おまけに、ダイアルアップでネットにもつながる。ただし、ホテル内のカフェでの夕食は、高いのにクオリティが低かった。

(文=金子浩久/写真=田丸瑞穂/2003年8月初出)

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金子 浩久

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