第95回:“奇跡の山”、高尾山に迫る危機
その7:高尾山の自然を守る市民の会(矢貫隆)

2007.05.21 エッセイ

第95回:“奇跡の山”、高尾山に迫る危機その7:高尾山の自然を守る市民の会

裏高尾にでた。東京とは思えない清流。
裏高尾にでた。東京とは思えない清流。
小川に設けられた「鋼製自在枠ダム」。地盤が柔らかいところに作っても壊れないのが特徴。さらに水をきれいにする、下流にちゃんと水を流すなどの利点があるという。
小川に設けられた「鋼製自在枠ダム」。地盤が柔らかいところに作っても壊れないのが特徴。さらに水をきれいにする、下流にちゃんと水を流すなどの利点があるという。

裏ルートを下り裏高尾へ

「頂上には人がたくさんいたのに、この道を下りていく人はまったくいませんね」

高尾山に登る大多数の人は、登りと下りのルートを変えるのは当たり前だとしても、共通しているのは、例の、ケーブルカーの乗り場がある登山口へ戻るという点だ。

だが、僕らは違う。裏高尾町の日影バス停へと続く裏ルートを下りる。だから人がいない。高尾山がどんなに大勢の人で賑わっている日でも、このルートを下りる人は稀である。
コースが短い分、傾斜はきつい。
「距離は短いけれどアルプス並みの急勾配ですね。ここを登れと言われたら、今の僕には無理です」
俺にも無理だ。

ベンチで休憩である。エスプレッソが美味い。深い森のなかには自動車の騒音も人の声もなく、新宿から1時間足らずの場所にいるということを忘れてしまうな。
「ウウ……」
どうした、A君。
「妻のことまで忘れてました」

頂上を出発して20分もこの道を下れば、もう林道にでる。急勾配はここで終わりだ。

中央線、中央道、そして圏央道

高尾山から流れだした澄みきった小川が流れていて、その横には小さなオートキャンプ場もある。森の図書館もあった。その道を小川に沿って進めば旧甲州街道にでて、そこが日影のバス停である。裏高尾町である。

中央道が通る北高尾山稜と高尾山に挟まれた狭い谷間の、旧甲州街道沿いに建ち並ぶ家々は何代も前からこの地に住みついている人たちが暮らしているだけに旧家が多い。
街道の入口には江戸時代の名残を示す関所跡もある。

「道沿いに花が咲き乱れていて、釣り堀があって清流が流れていて、梅林もある。隠れ里という感じの町ですね。『高尾山の自然を守る市民の会』は、この町の住民運動から始まった。20年以上も前のことでした」
そのとおり。

「昔は静かな暮らしをしていたわけですが、この町の背後を中央線が通るようになり、やがて中央道も開通した。のどかな隠れ里のように見えて、実は大気汚染や騒音に苦しめられているんです」

「そして今度は圏央道です。圏央道と中央道を結ぶジャンクションがこの町の真上にできる。そして高尾山にトンネル掘って圏央道を通すという計画です。町の人たちは、計画が明らかになった当初から建設反対運動を始め、その住民運動が発展して現在の『高尾山の自然を守る市民の会』(http://www.naturetakao.com/)になったというわけなんです」

何でそんなに詳しいんだ、A君。
「妻が言ってました」

(つづく)

(文=矢貫隆)

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矢貫 隆

矢貫 隆

1951年生まれ。長距離トラック運転手、タクシードライバーなど、 多数の職業を経て、ノンフィクションライターに。 自動車専門誌「NAVI」(二玄社)に「交通事件シリーズ」(終了)、 同「CAR GRAPHIC」(二玄社)に「自動車の罪」「ノンフィクションファイル」などを手がける。 「自殺-生き残りの証言」(文春文庫)、「通信簿はオール1」(洋泉社)など、著書多数。