ポルシェとフォルクスワーゲン、経営統合でこれからどうなる!?(中編)

2007.04.29 自動車ニュース

ポルシェとフォルクスワーゲン、経営統合でこれからどうなる!?(中編)

ポルシェとフォルクスワーゲン、経営統合でこれからどうなる!?(中編)

2007年6月中にも経営を一体化すると伝えられる、ポルシェとフォルクスワーゲン。
前編に続いては、フォルクスワーゲンが経営悪化にいたった背景を検証する。

フェルディナント・ピエヒ氏(写真中央)
(写真=アウディ)
ポルシェとフォルクスワーゲン、経営統合でこれからどうなる!?(中編)

■ポルシェ創業者の孫、フォルクスワーゲンへ

(前編からのつづき)
話をポルシェ家に戻そう。

1963年、フェルディナント・ポルシェ氏の孫、オーストリア人のフェルディナント・ピエヒ氏がポルシェ社に入社する。
ポルシェ社は現在もポルシェ家が所有する企業。しかし1972年、家族内闘争を避けるため「幹部会にポルシェ家の人間は籍をおかない」というルールができた。その年、ピエヒ氏はアウディに転職。1993年に親会社フォルクスワーゲンの社長に任命され、2002年には会長となった。

ピエヒ氏について述べる際には細心の注意が必要だ。
例えば、彼はつい最近、ネクタイの趣味を皮肉まじりにコメントした週刊誌「ヴィルトシャフツヴォッヘ」(週間経済)を告訴した。(結果は敗訴)

ピエヒ氏はドイツで非常に有名な人物だが、むずかしい性格で、技術マニア的な印象をもたれている。
フォルクスワーゲンの会長を勤める彼は、個人でもポルシェ株の約13%を所有。さらに、オーストリアのフォルクスワーゲン輸入元「ポルシェ・ホールディング」株の10%をもつ。億万長者だ。

フォルクス・ワーゲン・フェートン
(写真=フォルクスワーゲン)
ポルシェとフォルクスワーゲン、経営統合でこれからどうなる!?(中編)

■高級路線で、本業がおろそかに

このピエヒ社長時代、フォルクスワーゲン社は高級路線を追求し始めた。

本来、フォルクスワーゲンの高級部門は、アウディに任されていた。アウディは、80年代後半からダイムラーベンツやBMWと技術的に競争できるようになり、フォルクスワーゲンから独立した存在として、ドイツの消費者に高級ブランドとして認められるようになった。実際、消費者は、車台を共用しているフォルクスワーゲン「ゴルフ」よりもアウディ「A3」を高い値段でアクセプトしている。
フォルクスワーゲン・ブランドではこうはいかないだろう。

ピエヒ氏はさらに、高級車メーカーである「ベントレー」「ブガッティ」「ランボルギーニ」を買収した。
フォルクスワーゲン・ブランドでは、大型SUV「トゥアレグ」(ポルシェと共同開発)と、12気筒モデルをそろえるアッパークラスセダン「フェートン」を開発させた。
1001馬力の「ブガッティ・ヴェイロン」が話題になったことも、記憶に新しい。

同時に、ベーシックな大量生産車たる「ポロ」「ゴルフ」などはどんどん大きく、贅沢に。
ラインナップに“国民車”の座が空いてしまい、ドイツの自動車メディアは「国民車をつくれ!」と呼びかけるありさまとなった。

高級路線だけに力を注ぎ、ライバル他社がシェアを占めている分野、需要の大きいミニバン、ワゴン、カブリオなどに十分に対応していなかった。

フォルクスワーゲンの高級路線戦略は、ドイツでは全面的に失敗とみなされている。実際、筆者もドイツでW12のフェートンを見かけたことはない。クルマとしての評価は高かったとはいえ、ドイツの消費者がフォルクスワーゲン・ブランドの高級車を買うことはないらしい。
ブガッティ部門などで業績を上げているわけでもない。ここ数年、フォルクスワーゲンは戦略を見直そうとしているが、回復には時間がかかると思われる。
(後編につづく)

(文=廣川あゆみ/写真=ポルシェ/アウディ/フォルクスワーゲン)

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