第18章:「フェラーリ工場に“神秘性”はない、あったのは……」

2006.12.23 エッセイ

第18章:「フェラーリ工場に“神秘性”はない、あったのは……」

モデナのカロッツェリア・スカリエッティで造られたボディは、ここマラネッロで艤装に入る。
左のディスプレイを見ながら、レーザーで革の型どりをする。

■工場に“見学専用コース”はない

前回に続きフィアット・グループのイメージリーダー、フェラーリの工場訪問記をお伝えする。

自動車工場の見学というと、現場からワンフロア高いところに見学コースが設けられているのが普通だ。場合によっては、快適に見学ができるように、ガラス張りだったりする。

ところが、フェラーリのマラネッロ工場には、“見学専用コース”がない。ビジターは、実際の艤装ラインの真横を巡ってゆく。したがって、気をつけていないと、部品を載せたフォークリフトがバックして来て、「アッテンツィーオネ(気をつけろ)!」なんて注意される。

つまり、ラインのスタッフと同じ目線の高さで組み立て工程を追うのである。「工場見学できる人は極めて限られている」と前回書いたが、単に敷居を高くしているのではなく、“人を安全に誘導できない”というのも理由なのではないか。

見学専用コースがないということは、ラインワーカーが目の前にいるということである。日本の路線バスのように「話しかけ禁止」などという注意書きはないが、いちおう邪魔にならないように「ボンジョールノ」と控えめに声をかけてみた。
するとスタッフたちからは、次々と「ボンジョールノ!」と、その数倍元気な声が返ってきた。

今回は特別に撮影が許されていたのでレンズを向けると、ポーズをとってくれるスタッフまでいる。
メルセデス・ベンツのジンデルフィンゲン工場では考えられない。

レザーの型どり工程で、表面の傷を丹念に避けながら作業をしている若者に「習熟期間はどのくらい?」と聞くと、「ひととおり覚えるのには半年。でも本当はそれから」と気さくに教えてくれた。

縫製をしている女性スタッフにも、「子供のとき家庭科は5でしたか?」と聞こうとしたものの、イタリアの小学校には日本のような家庭科がないことにふと気がつき、やめた。

切り抜かれた革をミシンで縫製しているところ。
ひとたび集中するときの、彼らの真剣な表情を見よ。

■イタリアの一般家庭と同じ

そうした光景を見ていて思ったのは、マラネッロの工場はイタリアの一般家庭と同じだ、ということである。

イタリア人は日本人が思うほど、開けっぴろげではない。保守的な彼らとフランクにつきあい始めるまで、それなりの時間がかかる。
しかし、それなりの時を経て、打ち解けると初めて家に招かれ、バスルームから寝室の箪笥のなかまで見せてくれる。「何も隠すものはありませんよ」という親愛のゼスチャーだ。

フェラーリの工場も、一旦入ると隠されたものは何もない。「伝説の工場」なんていう神秘性もない。しかし、それこそがイタリア式もてなしなのだ。

ふと、通ってきたラインを振り返ると、さきほどまでボクのカメラの前でおどけていたスタッフたちが、真剣に討論をしている。イタリア人は、弛緩と緊張をうまく使い分ける。コンセントレーション(集中)がうまいのである。

なお、マラネッロ工場の艤装工程のラインが動くタイミングは、30分に1回だ。ついでに言うと、夏休みは毎年8月の約3週間である。

昼休みのオフィシャル・ショップには、たくさんの従業員の姿が。
工場を案内してくれたマリアさん。英語も堪能。

■従業員がフェラーリ制服のまま

昼休みの時間になった。正門の前にあるオフィシャル・グッズショップを覗いた。すると、昼食を終えたたくさんのワーカーたちが、ロッソ(赤)フェラーリの制服のまま店内を楽しげに散策しているではないか。

たとえ日本で、お台場「MEGA WEB」の隣にトヨタ工場が建っていたとしても――そして制服でチョロチョロすることが、もし許されたとしても――こんなに従業員で盛り上がることはないだろう。

それもフェラーリのワーカーたちはトヨタと違い、一生働いても自分が造っているクルマを所有できることは少ない。にもかかわらず、自社の跳ね馬アイテムを見て、触って楽しんでいるのだ。

クルマ好きがフェラーリを造っている。イタリア自動車産業は、とりあえず大丈夫だ、と納得したボクは、マラネッロをあとにした。

(文と写真=大矢アキオ-Akio Lorenzo OYA/2006年12月)

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大矢 アキオ

大矢 アキオ

イタリアコラムニスト。1966年東京生まれ。国立音楽大学ヴァイオリン専攻卒。 二玄社『SUPER CG』編集部員を経て、1996年独立と同時にイタリア在住。 著書に「イタリア式クルマ生活術」光人社刊 ほか著書多数。