第40回:『小さな高級車』マツダ・キャロル(1962〜70)(その4)

2006.09.13 エッセイ

第40回:『小さな高級車』マツダ・キャロル(1962〜70)(その4)

■一変した勢力図

67年3月、軽乗用車市場へは最後発となるホンダから、「N360」という素っ気ない車名を名乗るモデルが発売された。すでに前年秋の東京モーターショーでベールを脱ぎ、話題を呼んでいたこのN360こそが、それまで比較的安穏だった軽乗用車市場にブチ込まれた核弾頭だった。
ミニ(ADO15)にも似た2ボックスボディに、空冷4ストローク並列2気筒SOHCという同社のモーターサイクル譲りのエンジンを積み、前輪を駆動するN360は、性能、居住性、価格などあらゆる面で既存の軽の常識を打ち破る革命児だったのだ。なにしろ31ps/8000rpmという最高出力はスバルやキャロルより5割以上も強力で、最高速度115km/h、0-400m加速22.0秒というパフォーマンスは、リッターカーに迫る勢いだった。FFの採用により居住空間の広さは軽随一で、しかも31万3000円という価格は既存モデルと比べ10%前後割安だった。
「速い、広い、安い」と3拍子揃ったうえに、それまでの軽にはない若々しくスポーティなムードを備えたN360が売れないわけはなく、早くも発売2カ月後には10年近くにわたって軽のリーディングブランドだったスバル360からベストセラーの座を奪い取ったのだった。

続いて同年6月にはスズキからフルモデルチェンジされた「フロンテ360」がデビューしたが、軽量ボディとリアに積まれた2ストローク3気筒エンジンの組み合わせによる走りの良さでこちらもヒット。N360とフロンテによって、それまでの軽乗用車市場の勢力図は一気に塗り替えられてしまったのである。

翌68 年になると、その2車に対抗してダイハツはフェローに「SS」と名付けれた軽初のスポーツモデルを発売、スバルもマイナーチェンジでパワーアップを果たした。もちろん先行したホンダとスズキも黙っているわけはなく、さらに高度にチューンしたスポーツモデルやゴージャス版を加えるなどして牽制した。さらに69年には、スバルから11年ぶりに世代交替を果たした「R-2」が登場、それまで沈黙を守っていた三菱も旧型の面影が微塵もない新型「ミニカ '70」をリリース。わずか2年ほどの間に、軽乗用車市場はもっとも競争の激しいマーケットのひとつに変貌してしまったのである。

■時代に取り残された

そうした激化するいっぽうのパワーウォーズが展開されている軽乗用車市場で、ひとりキャロルだけが蚊帳の外だった。69 年4月に安全基準の改正に伴いシートベルトやヘッドレストなどが装備されたことを除いてはまったく変更がなく、もはや完全な時代遅れの様相を呈していた。諸外国に追い付き追い越せとばかりに開発に励んでいた、60年代における日本の自動車技術の進化の速度は日進月歩の感があったが、そうした時代において、キャロルの性能面におけるハンディキャップは目を覆うばかりだった。

たとえば0-400mの加速タイムは、22秒前後だったN360やフロンテに対して、キャロルは28、29秒も要したという。当時の自動車専門誌を読むと、その動力性能は「市街地の交通の流れに乗っていけるかどうかギリギリのところ」などと評されているほどだった。

それまでの経済的なファミリーカーに代わって若者向けのパーソナルカーが主体となったマーケットにおいて、言い方は悪いが、たった1台だけ残された老人専用車のようになってしまったキャロル。当然ながらシェア低下を免れることはできなかったが、もちろんマツダとてその事態を好ましく思っていたわけではなく、キャロルの起死回生、一発大逆転を狙うシナリオを秘かに用意していたのだった。(つづく)

(文=田沼 哲/2005年7月)

高性能と低価格を武器に67年3月に発売し爆発的にヒット、スバル360に代わってベストセラーの座につきその後に登場する軽のベンチマークとなった「ホンダN360」。
高性能と低価格を武器に67年3月に発売し爆発的にヒット、スバル360に代わってベストセラーの座につきその後に登場する軽のベンチマークとなった「ホンダN360」。
ホンダN360とともに軽の高性能化に火をつけた「スズキ・フロンテ360」。これは68年11月に追加されたスポーツモデルの「SS」だ。440kgの軽量ボディに36psまでハイチューンされた空冷2ストローク3気筒エンジンを積んだ、当時もっともトガっていたモデルである。
ホンダN360とともに軽の高性能化に火をつけた「スズキ・フロンテ360」。これは68年11月に追加されたスポーツモデルの「SS」だ。440kgの軽量ボディに36psまでハイチューンされた空冷2ストローク3気筒エンジンを積んだ、当時もっともトガっていたモデルである。
続々登場する新世代のライバルたちを相手に、苦戦を強いられていたキャロル。単純にカタログデータで性能を比較すれば、たとえば馬力当たり重量(2ドアスタンダード比)ではN360の15.3kg、フロンテ360の16.8kgに対して、キャロルは27kgもあり、まったく勝負にならなかった。
続々登場する新世代のライバルたちを相手に、苦戦を強いられていたキャロル。単純にカタログデータで性能を比較すれば、たとえば馬力当たり重量(2ドアスタンダード比)ではN360の15.3kg、フロンテ360の16.8kgに対して、キャロルは27kgもあり、まったく勝負にならなかった。

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田沼 哲

田沼 哲

NAVI(エンスー新聞)でもお馴染みの自動車風俗ライター(エッチな風俗ではない)。 クルマのみならず、昭和30~40年代の映画、音楽にも詳しい。