第39回:『小さな高級車』マツダ・キャロル(1962〜70)(その3)

2006.09.13 エッセイ

第39回:『小さな高級車』マツダ・キャロル(1962〜70)(その3)

62年5月に追加された「キャロル・デラックス」。R360クーペの場合と同様にツートーンカラー、クロームのモールディング、ホワイトウォールタイヤなどでドレスアップ。
62年5月に追加された「キャロル・デラックス」。R360クーペの場合と同様にツートーンカラー、クロームのモールディング、ホワイトウォールタイヤなどでドレスアップ。
デラックスのインテリア。シートや内張りは布とビニールレザーのコンビネーションとなり、フロアカーペットが敷かれた。リアウィンドウにはカーテンが備わる。
デラックスのインテリア。シートや内張りは布とビニールレザーのコンビネーションとなり、フロアカーペットが敷かれた。リアウィンドウにはカーテンが備わる。
62年11月に発売された「キャロル600」。キャロルのプロトタイプである「マツダ700」を市販化したようなモデルで、4ドア化されたボディにオーバーライダー付きの大型バンパーを装着。そのため外寸は軽規格をはみ出しているが、ボディそのものは規格内に収まっている。この4ドアデラックスのほか、4ドアスタンダード、2ドアスタンダードが用意された。
62年11月に発売された「キャロル600」。キャロルのプロトタイプである「マツダ700」を市販化したようなモデルで、4ドア化されたボディにオーバーライダー付きの大型バンパーを装着。そのため外寸は軽規格をはみ出しているが、ボディそのものは規格内に収まっている。この4ドアデラックスのほか、4ドアスタンダード、2ドアスタンダードが用意された。

■一時はベストセラーに

デビュー当初はモノグレードだったキャロルだが、好調なセールスを背景に次第に車種を拡大していく。まず発売3カ月後の62年5月には、ツートーンカラーやサイドモール、ホワイトウォールタイヤなどで装った「デラックス」を追加。さらに同年11月にはエンジンを586cc・28psに拡大した5ナンバーの小型乗用車(当時の軽乗用車は8ナンバー)である「キャロル600」を投入。「キャロル600」には4 ドアモデルも用意されるなど、そもそもの原形である「マツダ700」に近かったが、ボディそのものは600の発売によって「キャロル360」と呼ばれるようになった軽規格のモデルと変わらず、中途半端な存在だった。よってそれから約2年後、新たな小型乗用車である「ファミリア」の登場によってお役御免となる。

63年9月には、その600の4ドアボディが360でも選べるようになった。軽では初めて、そして71年にホンダ・ライフが出現するまで軽唯一の存在だった4ドアセダンの登場だが、同時に全車種のエンジンが強化され、最高出力は18ps/6800rpmから20ps/7000rpm に、最大トルクは2.1kgm/5000rpmから2.4kgmは5000rpmとなった。絶対的な数値はともかく、最大トルクの発生回転数が 2000rpmも低くなったことにより乗りやすさが向上したが、4ドア化によりいっそう車重が嵩んだ(2ドア比でプラス50kg)こともまた事実である。しかし、軽らしからぬデラックスなムードは依然として好評で、一時はスバル360を凌ぐセールスを記録したのだった。

63年9月、360にも4ドアモデルを追加。2ドアと同様にスタンダード(写真)とデラックスが用意された。
63年9月、360にも4ドアモデルを追加。2ドアと同様にスタンダード(写真)とデラックスが用意された。
66年10月にマイナーチェンジを受け、マスクはご覧のように変わった。スッキリとまとまってはいるが、可愛らしさという点ではオリジナルのほうが勝っていたようにも思える。
66年10月にマイナーチェンジを受け、マスクはご覧のように変わった。スッキリとまとまってはいるが、可愛らしさという点ではオリジナルのほうが勝っていたようにも思える。
テールランプが丸形から角形となり、グリルがクロームメッキ仕上げとなったリアエンド。
テールランプが丸形から角形となり、グリルがクロームメッキ仕上げとなったリアエンド。

■忍び寄るライバルの影

翌64年から65年にかけて細かなフェイスリフトや改良を施したのち、66年10月にキャロルはその生涯でもっとも大規模なマイナーチェンジ(妙な言い方だが)を受けた。エクステリアはフロントおよびリアエンドを改め、インテリアも若干変わった。またスペアタイヤがフロントからエンジンルームへ移されたことで、従来は皆無だった貨物スペースがボンネット下にわずかだが設けられた。
メカニズム関係ではエンジンにブローバイガス還元装置が備えられ、4段ギアボックスはフルシンクロ化されるなどの改良が施された。懸案だった車重が、ボディの軽量化により10〜15kg軽減されたことも記しておくべきだろう。

くしくも同年同月には、戦前のオート三輪の時代からマツダとはライバル関係にあったといえるダイハツから同社初の軽乗用車となるフェローが登場。スバルとキャロルに三菱ミニカが続き、スズキのスズライトが彩りを添えるという、数年にわたって固定メンバーによる代わり映えのしない展開が続いていた市場に新風がもたらされた。それはキャロルからすれば逆風ではあったが、翌67年になると一段と強力なニューカマーが出現、キャロルの前に立ちはだかることになるのである。(つづく)

(文=田沼 哲/2005年7月)

上面にクラッシュパッドが張られ、メーターナセルやパネルがつや消しの黒になるなど、インパネもアップデートされた。
上面にクラッシュパッドが張られ、メーターナセルやパネルがつや消しの黒になるなど、インパネもアップデートされた。
スペアタイヤをエンジンルームに移したことで生まれた小さなトランクルーム。その下には燃料タンクがあり、右前方に給油口が見える。
スペアタイヤをエンジンルームに移したことで生まれた小さなトランクルーム。その下には燃料タンクがあり、右前方に給油口が見える。

この記事の大きな画像を見るためには、画像ギャラリーをご覧ください。

田沼 哲

田沼 哲

NAVI(エンスー新聞)でもお馴染みの自動車風俗ライター(エッチな風俗ではない)。 クルマのみならず、昭和30~40年代の映画、音楽にも詳しい。