第23回:『さりげなさすぎ』マツダ・エチュード(1987〜89)(その1)
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1987年、今はなきファミリアをベースに誕生したパーソナルカー「エチュード」。「都会派らしいさりげない洒落っぽさ」をテーマに掲げていたのだが、あまりにさりげなさすぎて、ライバルがひしめくマーケットに埋もれてしまったのだった。
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■都会派のためのパーソナルカー
1963年10月に、マツダ初の小型乗用車として生を受けた(厳密には最初のモデルは4ナンバーのバンだったが)ファミリアが、満40歳の誕生日を迎えることなく消え去ってしまった。その歴史のうちにはいくつかの派生モデルが登場したが、なかでももっとも地味な存在だったのが、今回取り上げた「エチュード」である。
エチュードとはご存知のように“練習曲”という意味だが、マツダが既存車種にない、まったくのブランニューな車名を与えたのは、じつに13年ぶりのこと。ちなみに13年前に登場したモデルとは、くしくも以前にこのコーナーで紹介した、豪州ホールデン製ボディに13B型ロータリーエンジンを搭載した大型セダン「ロードぺーサー」だった。それはそもかくとして、エチュードのデビューは1987年1月。“赤いファミリア”が社会現象として語られるほどのヒット作となった4代目の後を受けて、85年に登場した5代目ファミリアをベースとするパーソナルカーだった。
デビュー当時のキャッチフレーズは“アーバン・チューンド”で、広報資料によればターゲットユーザーは「洗練されたライフスタイルを演出し、今やトレンドリーダーのひとつとなっている時代を先取りするセンシブル・ピープル(Sensible People)」だという。 “センシブル(Sensible)”とは「分別のある、目的にかなった」などを意味する英語だが、具体的には「洒落っぽさや知性にこだわり、自己表現やライフスタイルのなかのひとつの道具としてクルマを位置づける、都市に生活する25、26歳の男女」であると、同じく広報資料には記されていた。つまりは “クルマもファッション”であると考える人々に向けたモデルだったのだ。(つづく)
(文=田沼 哲/2003年11月22日)

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