第22回:『生まれてくるのが早すぎた』ホンダライフ・ステップバン(1972〜74)(その3)

2006.09.13 エッセイ

第22回:『生まれてくるのが早すぎた』ホンダライフ・ステップバン(1972〜74)(その3)

前輪を駆動する水冷直列2気筒SOHC356ccエンジン。国産で初めてカム駆動にコッグドベルトを使用、またクランクシャフトの振動を打ち消すバランサーを採用して軽自動車用エンジンとしては静粛性、スムーズさを誇った。最高出力30ps/8000rpm、最大トルク2.9kgm/6000rpm。
前輪を駆動する水冷直列2気筒SOHC356ccエンジン。国産で初めてカム駆動にコッグドベルトを使用、またクランクシャフトの振動を打ち消すバランサーを採用して軽自動車用エンジンとしては静粛性、スムーズさを誇った。最高出力30ps/8000rpm、最大トルク2.9kgm/6000rpm。
73年8月に追加された姉妹車のライフ・ピックアップ。「乗り降りしやすい静かな<新>商用車」を謳ったが、キャブオーバー型トラックに比べ明らかに積載能力が劣ることからステップバンよりさらに不評で、生産台数はわずか1132台。
73年8月に追加された姉妹車のライフ・ピックアップ。「乗り降りしやすい静かな<新>商用車」を謳ったが、キャブオーバー型トラックに比べ明らかに積載能力が劣ることからステップバンよりさらに不評で、生産台数はわずか1132台。

■生産台数2万台弱

そんな「ステップバン」だったが、いざ市場に出してみると販売は振るわなかった。当初の計画では、月産台数にして2000台。当時ホンダは乗用車・商用車を合わせた軽自動車全体で月平均1万5000台以上、シェア20%以上をコンスタントに記録していたから、これはけっして無理な数字だったとは思えない。だが実際には販売27カ月間で総生産台数1万9012台だから、ひと月あたりではおよそ700台しか売れなかったことになる。

いったいなぜ、こうした結果になってしまったのだろうか。要因として考えられるのは、次のようなことである。市場におけるステップバンの競合車種はホンダ以外の軽メーカーがラインナップしていたキャブオーバー型ワンボックスバンだったわけだが、絶対的な積載能力、とくに荷室の前後長ではそれらのほうが有利だった。また、それらの一部車種がリアに採用していたスライドドアのほうが、ステップバンのヒンジ式ドアより、状況によっては使い勝手に優れていた。
思い浮かぶことはこれくらいである。とはいえその違いが、ステップワゴンにとっては致命的だったと考えざるを得ない。ミニバンなどという概念が影もカタチもなかった当時、いくらステップバンが新しかろうが、シャレていようが、対象となるユーザーにとってはひとつでも多く米俵を積めるほうが重要だったということなのだろう。さらに加えるならば、作り手であるホンダも不振だからといってステップバンの拡販に力を入れることはなかった。ステップバンより2カ月ばかり早い72年7月に発売されたシビックのヒットによって小型車市場に足場を固めたこと、およびN360によって自ら火をつけた軽ブームの衰退もあって、軽から小型車へのシフトを進めていたからである。

ちなみにホンダは74年10月をもって軽乗用車の生産を中止し、年末には前に記したようにステップバンも生産中止。キャブオーバー型軽トラックであるTN7のみを残して、軽自動車市場から一時撤退を決めている。


第22回:『生まれてくるのが早すぎた』ホンダライフ・ステップバン(1972〜74)(その3)の画像
2002年8月、最大規模のオーナーズクラブ“LOVESTEP!”が主催したイベントにおけるステップバン。このように思い思いのモディファイを施されたクルマが、全国から約60台集まった。
2002年8月、最大規模のオーナーズクラブ“LOVESTEP!”が主催したイベントにおけるステップバン。このように思い思いのモディファイを施されたクルマが、全国から約60台集まった。

■バニングブームで脚光を浴びる

新車時はこうした状況にあったステップバンが、中古車市場で注目を集め始めたのは、生産中止から3年ほど経過したころから。折りからのサーファーブームに乗って、「バニング」と呼ばれるバンをカスタム(改造)するスタイルがアメリカ西海岸から伝播してきたことに端を発する。
当時の典型的なバニングスタイルは、ワンボックスバンをベースにBピラーより後方のウィンドウを潰し(埋め)てからエアブラシでペインティングし、足下にはメッキされたワイドホイール/タイヤを履き、内装にはムートンを敷きつめ……といったものだった。
ベース車両の主流は「トヨタ・ライトエース」などの小型ワンボックスバンだったが、ミニマム級ではステップバンがダントツの人気だった。サイズこそ小さいながらも、本場フォードやシボレーのバンを縮小したような雰囲気を持っていたことが、その理由である。

バニングブーム以降、ステップバンは独自のカスタムワールドを形成していく。内外装に手を加えるだけでなく、エンジンのツインキャブ化をはじめ400cc前後にボアアップしたり、ベースとなったライフや姉妹車であるホンダZのホットバージョン用の5段ギアボックスをスワップするなどして高性能化を図る手法も次第に広まっていった。そして誕生から30年以上経った今なお、ステップバンは熱心なファンに愛され続けている。一般論として小さいクルマというのは小動物と同じで基礎体力が弱く、平均寿命も短い。それをカスタムしたり、チューンするということは、ただでさえ乏しい耐久性を一段と犠牲にすることになる。ステップバンもその例外ではなく、相当数がいじり倒され、乗り潰されてしまったことだろうが、逆をいえば今日まで残存している車両は、愛好家のもとで厚い庇護を受けているというわけだ。
絶対数こそ少なく、またサイズは小さいものの、本来は仕事グルマとして生まれながら、趣味の対象として愛でられ生き残っているという意味では、ステップバンは「フォルクスワーゲン・タイプII」に近い存在かもしれない。考えてみれば、乗用車と基本コンポーネンツを共有するという成り立ちにおいても、両者は共通しているのだ。

■元祖ミニバン?

ステップバンの登場から20年余を経た93年、スズキからワゴンRと呼ばれるモデルが登場した。ステップバンを知る者にとってはソックリに見えるこのクルマは大ヒットを記録、今日まで続くミニバンブームの嚆矢となった。ホンダ自身も96年にステップバンを拡大コピーにかけたような2リッター級のミニバンを「ステップワゴン」の名で発売、5年間で約50万台を売った。
ワゴンRやステップワゴンをはじめとする現代のミニバンは商用バンではなく乗用車ではあるが、1.5ボックスのトールボーイスタイルは基本的にステップバンが提唱したカタチを受け継いでいると言っていいだろう。それはつまり、ステップバンは生まれてくるのが20年以上早かったということなのだろうか。(おわり)

(文=田沼 哲/2003年9月2日)

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田沼 哲

田沼 哲

NAVI(エンスー新聞)でもお馴染みの自動車風俗ライター(エッチな風俗ではない)。 クルマのみならず、昭和30~40年代の映画、音楽にも詳しい。