トップ > エッセイ >これっきりですカー >第16回:『ハンドメイドの大衆車』スズキ・フロンテ800(1965〜69)(その1) (2006.9.13)
これっきりですカー

第16回:『ハンドメイドの大衆車』スズキ・フロンテ800(1965〜69)(その1):これっきりですカー

田沼 哲

第16回:『ハンドメイドの大衆車』スズキ・フロンテ800(1965〜69)(その1)

1962年の東京モーターショーに出展された試作4ドアセダン。フロントエンドの造形は後に登場したフルア・デザインの「マセラティクワトロポルテ」(初代)や「グラース1700」を思わせる。4ストローク4気筒700ccエンジンを横置きしたFFで、「フロンテ800」と直接の関連性はなかったらしい。
第16回:『ハンドメイドの大衆車』スズキ・フロンテ800(1965〜69)(その1)(田沼 哲)

1965年にスズキ初の小型乗用車として発売された「フロンテ800」は、国産初の小型FFサルーンでもあった。その生産台数は、約3年半の間にわずか2717台。ほとんど手作りで細々と生産されたのだった。

生産型のフロンテ800。「ヨーロッパのグランツーリスモをイメージとしたシンプルなスタイル」と謳ったスタイリングには、60年代に一世を風靡した(シボレー)コーベア・ルックの影響がうかがえる。当時はミケロッティの作品という噂もあったが、実際にはスズキの社内デザインである。
第16回:『ハンドメイドの大衆車』スズキ・フロンテ800(1965〜69)(その1)(田沼 哲)
サイドまでまわりこんだ広いリアウィンドウによって、後方視界はすばらしくよさそうだ。サイドウィンドウに曲面ガラスを使用したのは(デビュー時点では)国産初だった。
第16回:『ハンドメイドの大衆車』スズキ・フロンテ800(1965〜69)(その1)(田沼 哲)

■デビューは1963年

小型車づくりのエキスパートとして、提携先である世界の巨人、GMからもその力を高く評価されている“世界一の中小企業”ことスズキ。1973年以来30年間にわたって、スズキが“軽No.1”の座をキープしているのはよく知られるところだが、1955年に初の軽四輪車である「スズライトSF」を送り出して以降、同社の十八番は一貫して小型車のなかでも、日本独自のカテゴリーである“軽”だった。そのスズキが初めて手がけた小型乗用車が「フロンテ800」なのである。

スズキが小型乗用車市場への参入を意志表明したのは、それに先立つこと3年、1962年秋の第9回東京モーターショー。700〜1000ccクラスのFF(前輪駆動)と推測される、 4ドアセダンのプロトタイプを出展したのである。社内的には「HAX(ハックス)」と呼ばれたというこのプロトタイプは、発売予定はおろかデータすら一切発表されずに終わったが、翌63年のショーには、新たに「フロンテ800」と名乗る、FFの2ドアセダンが参考出品された。

国産車で初めてサイドウィンドウに曲面ガラスを採用し、前年のモデルに比べてはるかに洗練されたスタイリングを持つこの「フロンテ800」は、翌64年のショーには “来春発売予定”と謳って出展された。しかし生産体制が整わず発売は遅れに遅れ、お披露目から2年以上を経た、1965年12月になってようやく市場に送り出されたのだった。(以下、次号)

(文=田沼 哲/2003年5月3日)

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田沼 哲

田沼 哲

NAVI(エンスー新聞)でもお馴染みの自動車風俗ライター(エッチな風俗ではない)。 クルマのみならず、昭和30~40年代の映画、音楽にも詳しい。

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