第5回:「ロータリー心中」NSU Ro80(1967〜77)(後編)

2006.09.13 エッセイ

第5回:「ロータリー心中」NSU Ro80(1967〜77)(後編)

【スペック】
NSU Ro80:全長×全幅×全高=4780×1760×1410mm/ホイールベース=2860mm/車重=1210kg/駆動方式=FF/エンジン=水冷2ローター497.5cc×2(115ps/5500rpm、16.2kgm/4500rpm)
第5回:「ロータリー心中」NSU Ro80(1967〜77)(後編)(田沼 哲)

小型車専門メーカー「NSU」が、ミドルクラスに進出するにあたって用意した“飛び道具”「Ro80」。先進メカニズム満載のロータリーサルーンは、発表とともにセンセーションを巻き起こしたのだが……。

対米輸出用の丸形デュアルヘッドランプを持つこれは、日本に現存する貴重な実動車。現オーナーが74年に中古で入手し、近年になってフルレストアを施したそうで、コンディションはすばらしい。ホイールキャップはノン・オリジナル。
第5回:「ロータリー心中」NSU Ro80(1967〜77)(後編)(田沼 哲)
真横からみると2860mmというホイールベースの長さがよくわかる。ボディ外寸は全長×全幅×全高=4780×1760×1410mmで、現行トヨタ・マーク�とほぼ同じ。
第5回:「ロータリー心中」NSU Ro80(1967〜77)(後編)(田沼 哲)

■Ro80と較べれば……

前編から続く)ご覧になればおわかりのように、NSU「Ro80」のボディもまた、そうした革新的メカニズムを包み込むにふさわしい斬新なものだった。風洞実験によって大胆にエアロダイナミクスを導入したスタイリングは、当時は「前衛的」あるいは「未来的」などと呼ばれたが、けっしてそれが独りよがりのアイデアではなかったことは、その後の歴史が証明している。発表から30年以上を経過し、エアロルックが常識となった今こそ、ようやくRo80の先進性が正当に評価できるのではないだろうか。
もちろんボディはスタイリッシュなだけではなく、長いホイールベースやコンパクトなロータリーエンジンとFWD(前輪駆動)の組み合わせによってスペース効率に優れ、さらに衝突安全性についても、設計した時点における最大限の配慮がなされていたのである。

同時代のライバルと比較してみると、Ro80がいかに進んでいたかが、より鮮明に浮かび上がってくる。Ro80が目指した中型車市場では、同じドイツ産でいえばメルセデスベンツは俗称タテ目コンパクトこと「W114/115」が登場したばかりで、BMWは1961年デビューの「1500」に始まる 1800/2000が主力という時代だった。いずれも国際水準をリードするサルーンであったが、それでもRo80に比べればなんとも保守的に見える。

前衛的なエクステリアに似合わず、インパネはごく常識的なレイアウト。シフトノブにはマイクロスイッチが内蔵されており、握るとサーボの働きでクラッチが切れ、放すとつながる。
第5回:「ロータリー心中」NSU Ro80(1967〜77)(後編)(田沼 哲)
ロング・ホイールベースとFFゆえのフラットフロアにより、後席の居住性はすばらしい。深く、厚みのあるサイドシルからも推測されるように、ボディはドイツ車らしくガッチリしている。分厚いシートもゲルマン的である。
第5回:「ロータリー心中」NSU Ro80(1967〜77)(後編)(田沼 哲)

■ロータリーが命取り

名実ともにまさに「未来派サルーン」だったRo80は、発表と同時にセンセーションを巻き起こした。だが、いざデリバリーが開始されると、肝心のロータリーエンジンにトラブルが多発し、NSUはクレームによるエンジン交換に追われる羽目となった。本国では街中でRo80同士が出会うと、すれ違いざまにオーナーが無言のまま指を立て、その本数でエンジン交換の回数を報告しあうというブラックジョークが囁かれたほど、その頻度は高かったらしい。

クレーム対応とエンジン改良の渦中にあった69年に、NSUは経営難からアウトウニオンと合併、「アウディ-NSU-アウトウニオンAG」となり、フォルクスワーゲンの傘下に入った。Ro80はその後も改良を続けながら生産を継続したが、もともと大食いなロータリーには石油危機によるガソリン価格の高騰が致命傷となって販売が激減、77年についに生産中止となった。その間の72年にはプリンツ系のリアエンジン小型車がカタログ落ちしていたので、唯一残っていたRo80とともに、1世紀にわたる歴史をもつNSUの名も消え去ってしまったのである。

ロータリーによって名をあげたNSUが、上級市場への進出を狙い、社運を懸けて開発したRo80だが、結果的にそのロータリーが命取りとなってしまったわけだ。メーカーの息の根を止めてしまうとは、ある意味においてRo80こそ究極の「これっきりですカー」といえるのではないだろうか。総生産台数は約3万7000台、残存数は不明だが、日本にある実動車両となると、勘定するのにおそらく片手で足りることだろう。

(文=田沼 哲/2001年8月11日)

この記事の大きな画像を見るためには、画像ギャラリーをご覧ください。

田沼 哲

田沼 哲

NAVI(エンスー新聞)でもお馴染みの自動車風俗ライター(エッチな風俗ではない)。 クルマのみならず、昭和30~40年代の映画、音楽にも詳しい。