【F1 2006】シューマッハー、今シーズン限りで引退、フェラーリはライコネン&マッサで

2006.09.11 自動車ニュース

【F1 2006】シューマッハー、今シーズン限りで引退、フェラーリはライコネン&マッサで

2006年9月10日、フェラーリにとってもっとも重要なレースのひとつ、イタリアGP優勝直後に、ミハエル・シューマッハーは今シーズン限りで引退することを表明した。

■後釜はライコネン

引退か残留か、長く論争の的となってきたシューマッハーの去就が、優勝記者会見の席上、自らの口から明らかにされた。
「これが最後のモンツァ・レースになる」

フェラーリの熱狂的ファン“ティフォシ”のみならず、世界中のモータースポーツファン、関係者に向けたメッセージが語られたとき、隣には来季から2009年までフェラーリと契約したキミ・ライコネンがいた。
シューマッハーが去った後のスクーデリアを引っ張るのは、残留するフェリッペ・マッサとライコネン。噂どおりのラインナップとなった。

■もっとも成功したドライバー、もっとも論争の多いドライバー

シューマッハーがF1史上もっとも成功したドライバーであることは、数々の記録を見れば一目瞭然だ。

今回のイタリアGPの勝利で優勝回数は「90」となり、歴代最多2位のアラン・プロストを39勝も上回るレコードを記録している。
ポールポジションはアイルトン・セナの65回を追い抜き68回で最多。さらにファステストラップ75回で最多、獲得総ポイント数1354点で最多、タイトル獲得数も7回と、伝説的ドライバー、ファン・マニュエル・ファンジオの5回を追い越している“孤高の存在”だ。

唯一といっていい未達成記録は、最多出場記録だ。今シーズン残り3戦を走り切ったとしても、リカルド・パトレーゼの256戦出場に6戦足らないことになる。

いっぽうで、もっとも論争の多いドライバーとして記憶されることも、また否めないかもしれない。

1994年最終戦オーストラリアGPでのデーモン・ヒルとの接触、97年最終戦ヨーロッパGPでのジャック・ヴィルヌーヴとの接触、あるいは98年日本GPのスタート前にエンスト、ミカ・ハッキネンにタイトルを奪われるなど、チャンピオン決定戦での精神面での脆さを度々指摘された。

またチームにおけるナンバー1ポジションを(契約を含め)強いるということも有名で、02年オーストリアGPでは、チームメイトのルーベンス・バリケロに露骨にトップを譲らせるなどし、しばしば非難の対象となった。

■8度目のタイトル獲得なるか

しかし、シューマッハーがF1史上に名を残す“巨星”であることに疑いの余地はない。

セナ、プロスト、マンセル、ピケらが現役で走っていた91年ベルギーGPがデビュー戦。ベルトラン・ガショーが逮捕されたことでできたジョーダンGPの空きシートに収まり、いきなり予選7位を獲得、鮮烈なイメージとともにGP界にあらわれた。

次戦にはベネトンに引き抜かれ、セナ亡き後の94、95年と同チームで2年連続タイトル獲得。96年、長く不調に喘いでいたフェラーリに電撃移籍した。

その後のスクーデリアでの戦績は目覚しいもので、00〜04年にドライバーズタイトル連取、チームは99年から6回のコンストラクターズタイトルを獲得するなどした。ルカ・ディ・モンテゼーモロ、ジャン・トッド、ロス・ブラウン、ローリー・バーンといった腕利きのスタッフらとともに、最古参チームの黄金期を牽引する役割を果たした。
今回のイタリアGP勝利は、シューマッハー90勝目とともにフェラーリの190勝目でもある。

記録と記憶に名を残すドライバー、シューマッハー。残り3戦、8度目のタイトルは、2点先に見えている。

(webCG 有吉)

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