フィアット復活物語 第5章「“海を走るパンダ”“離島限定パンダ”――変化球的プロジェクト」(大矢アキオ)

2006.09.09 エッセイ

第5章:「“海を走るパンダ”“離島限定パンダ”――変化球的プロジェクト」

ランチア・ムーザの最新CM『ヴェネツィア篇』(フィアット提供)

■ランチア、フィルムスターを運ぶ

水の都ヴェネツィアでは、毎年恒例の映画祭が9月9日まで開かれている。会場にスターたちを乗せてやってくるクルマは、ランチアの旗艦テージスだ。今年、映画祭のオフィシャルカーのスポンサーは、ランチアが務めているのである。

それにあわせて、ヴェネツィアを舞台に想定したランチア・ムーザ(イプシロンの5ドア版)のスポットCMも製作された。演じているのは、名優ヴィットリオ・ガスマンの息子、アレッサンドロ・ガスマンである。

ボク個人的には、フィアット・スティーロの提灯付き無線タクシーであらわれたカトリーヌ・ドヌーヴ審査委員長のほうが微笑ましかったのだが、とにかく今年のヴェネツィアの主役はランチアである。

ちなみに映画祭の会場では、5日にデルタの復活版である「デルタHPE」も公開された。こちらについては、別ページのニュースをご欄いただきたい。

『ランチア−イタリアン・デザイン』から。1989年デルタHFインテグラーレ16Vマルティーニgr4
『ランチア−イタリアン・デザイン』から。1989年デルタHFインテグラーレ16Vマルティーニgr4
アルファ・スパイダー40周年イベント。スタート地点であるミラノ郊外のヴィッラにて。
アルファ・スパイダー40周年イベント。スタート地点であるミラノ郊外のヴィッラにて。

■ファンをシビれさせろ

ところでイタリアにおいて、メルセデス・ベンツは長年ミッレミリアのスポンサーを務めている。同様にBMWは8年前からヴィッラ・デステ・コンクールデレガンスのスポンサーである。
かくもイタリアのカーイベントはドイツブランドの陰がちらつくことが多かった。

ところが最近はフィアットも、ようやくイベントのスポンサーや後援を積極的に行うようになってきた。彼らは、このような活動が一見遠回りでもブランドイメージ構築とファンの醸成に役立つことに気づき始めたのである。

それも、ヴェネツィア映画祭のような機会だけでなく、変化球ともいえる企画も積極的に打ち出したり、関与している。

たとえば今年4月、ミラノ・デザインウィークでは、「ランチアツアー−イタリアン・デザイン」と題したエクスポジションを開催した。
透明の巨大仮設テントのなか、往年のイタリア工業デザイン製品の名作を天井から吊るし、その下には今年100年を迎えたランチアの歴史車両を展示した。

一角には暗室が設けられているので何かと思ったら、映写室だった。白いフルヴィアのボディに、クルマにちなんだイタリア映画を上映するという、粋な企画である。実際はスクリーンがわりにするなら、横面投影面積の大きいトヨタ・ハイエース・スーパーロングあたりのほうがベストに違いないが、まあよしとしよう。

続く5月には、アルファ・スパイダーの40周年記念イベント&走行会がミラノと近郊で2日間にわたって開かれた。新スパイダー発売前キャンペーンの一環である。

参加台数は120台で、ミラノ大聖堂前、アルファ・ロメオが大戦中グランプリカーを隠匿しておいたオルタ湖、そして博物館と、アルフィスタなら誰でもシビれてしまうコースだった。

実際、感激のあまり閉会後に主催者に頼んで、イベントの巨大看板を分けてもらっていた参加者を目撃した。あのオーナーは、背丈ほどの看板をスパイダーに載せ、風に煽られず無事に帰れたのであろうか、今も心配である。

パンダ4×4テッラマーレ(フィアット提供)
パンダ4×4テッラマーレ(フィアット提供)
“ご当地パンダ”であるジョリー(フィアット提供)
“ご当地パンダ”であるジョリー(フィアット提供)

■パンダ“離島限定仕様”

フィアットはこの夏、さらなる変化球的プロジェクトも応援・関与している。たとえば、あるミラノの技師が考えた「水に浮かぶフィアット・パンダ」計画である。

実際にはドアを溶接で密封し、浮き輪で浮力を得て、推進力にはジェット噴射を用いている。しかしベースはそこいらのパンダ4×4だ。
「テッラマーレ」(イタリア語で陸と海の意味)と名づけられたこのパンダは7月、英仏海峡25マイルを6時間15分かけて渡るのに成功した。

また翌8月には、ビーチカー「パンダ・ジョリー」を公開した。南部カプリ島用に製作した特別仕様である。
カプリ島は世界中からVIPが集まるが、狭い道ばかりで大型ハイヤーは取りまわしに困る。そこで彼らの送迎用に開発されたのが、このクルマだ。

モティーフは、1950〜60年代にギアをはじめ様々なカロッツェリアがフィアット500や600の屋根を取っ払い、涼しげな籐のシートを載せた当時のカスタムカーである。
今回は、フィアットのチェントロスティーレ(スタイリングセンター)がデザイン、ショーカー製作で実績のあるトリノのストーラ社が改造を手がけた。

このモデル、現在は泣いても笑っても島限定仕様だ。しかし、繰り返しになるが、カプリは高級保養地である。目抜通りには、ルイ・ヴィトンをはじめ高級ブティックが軒を連ねている。
ちょっと大きめなイタリア土産として、「あのジョリーをくれ」とフィアットに詰め寄るアラブやロシアの富豪がいることは容易に想像できる。
彼らにとっては、ボクが東京駅地下通路で「キティちゃん人形焼」か「東京ばな奈」かを悩んで買うより簡単なことに違いない。

フィアットがそうした顧客にどこまで対応するかは不明だ。しかし、世界のセレブリティたちがそのスペシャル・パンダに注目してくれれば、フィアットとしては大成功だろう。

(文と写真=大矢アキオ-Akio Lorenzo OYA/2006年9月)

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大矢 アキオ

大矢 アキオ

イタリアコラムニスト。1966年東京生まれ。国立音楽大学ヴァイオリン専攻卒。 二玄社『SUPER CG』編集部員を経て、1996年独立と同時にイタリア在住。 著書に「イタリア式クルマ生活術」光人社刊 ほか著書多数。