第86回:日本に残る「氷河の足跡」、木曽駒ヶ岳(その8:まさか、高山病に……)(矢貫隆)

2006.08.25 エッセイ

第86回:日本に残る「氷河の足跡」、木曽駒ヶ岳その8:まさか、高山病に……(矢貫隆)

神々しいまでの夕日を眺め、山小屋に入った。
山小屋の食事は、実に質素である。

■なぜ氷河の大きさが違ったのか?

登山シーズンも終わりの時期とあって、山小屋の客は少なかった。A君を除けば7〜8人の登山者の誰もが中高年である。ストーブの前に集まった彼らは、例によって百名山登山の自慢話に花を咲かせている。それを横目に見ながら、A君は、昼食に僕がおすそ分けしたシチューが焦げ臭かったとか、食後に僕が煎れたコーヒーがいかに失敗だったかを語った。

11月の初旬、中央アルプスの夜は、もう完全に真冬だった。
寒い。とてつもなく寒い。
山では早寝と決まっているが、寒くて寝つけないのである。

Tシャツの上に長袖のシャツを着て、ジャンパーを着て、さらにその上からフリースを着た。中綿入りの冬ズボンを履いて、靴下も履いている。その格好で布団にもぐり込んでいるのに寒いのだ。隣でがさがさとうるさいと思ったら、寒さに堪えられないA君が、厚着の上からレインウェアを着だした。

敷布団を通して床下から冷気が伝わってくる。敷布団を2枚重ね、さらに毛布を敷いた。それで寒さは防げたが、だが、まだ眠れない。息が苦しいのだ。

高山病だった。さすが3000メートル級の山である。下から歩いて登ったのではなく、ロープウェイで一気に2600メートル地点まで達してしまったものだから、身体がまだ高所に順応していなかったのだ。

苦しいな、A君。高山病だ。ん……寝てるのか?
「首を締められてる夢を見てました」
誰に?
「……」
聞くまい。

持参したパーコレーターで食後の一杯。

「氷河期には、この辺りにも山岳氷河ができたんでしょうかね?」
中岳と木曽駒ヶ岳山頂の間に鞍部があったろう。間違えた山頂山荘があった場所だ。
「あの、おかしな地形の場所ですね。高い所から眺めると妙に滑らかな鞍部でしたが」
観察が鋭いな。
あの鞍部、氷河が通った跡なんだってさ。
氷河が削ったからああいう形になったらしいんだ。

「氷河期はいつ頃から始まったんですか?」
地球史のなかでは第四期と呼ばれる時代、つまり200万年前から現在までの時代だが、この時期になって10万年に1度くらいの割合で氷河期がやってきている。そのときに日本では山岳氷河ができた。

「ということは、ロープウェイの乗り場の近くに残っているモレーン(標高1600メートル付近)は、カールの下(標高2600メートル付近)にあるモレーンよりも古いということになりますよね。モレーンがより下の方にあるということは、そのときの氷河は大きくて、カールの下で消えた氷河は小さかった。そういうことでしょう?」
そうなるね。
「では、なぜ氷河の大きさが違ったんでしょうか? 氷河期とひとくちに言っても、時期によって寒さの度合いが違ったとか?」
実に論理的に物事を考えるA君なのである。

(つづく)

(文=矢貫隆/2006年7月)

この記事の大きな画像を見るためには、画像ギャラリーをご覧ください。

矢貫 隆

矢貫 隆

1951年生まれ。長距離トラック運転手、タクシードライバーなど、 多数の職業を経て、ノンフィクションライターに。 自動車専門誌「NAVI」(二玄社)に「交通事件シリーズ」(終了)、 同「CAR GRAPHIC」(二玄社)に「自動車の罪」「ノンフィクションファイル」などを手がける。 「自殺-生き残りの証言」(文春文庫)、「通信簿はオール1」(洋泉社)など、著書多数。