第272回:英国グッドウッドから夢の報告その2
スターリング・モスはモータースポーツ界のオシムだった!?(小沢コージ)

2006.08.05 エッセイ

第272回:英国グッドウッドから夢の報告その2スターリング・モスはモータースポーツ界のオシムだった!?

幸いにも背中合わせの席にいた“モスおじいさん”ことスターリング・モス。
幸いにも背中合わせの席にいた“モスおじいさん”ことスターリング・モス。
1929年生まれのイギリス人。1940〜60年代にさまざまなレースで活躍した。
1929年生まれのイギリス人。1940〜60年代にさまざまなレースで活躍した。

■「無冠の帝王」に聞く、クルマと女

ってなわけで素晴らしくも忘れがたい、夢のような体験をさせてもらったグッドウッド。もう一つサイコーなおハナシがあった。それはあのスターリング・モスさんとの予想外の“モータースポーツ問答”!

御ん歳77歳になられる言わずと知れた50年代の名グランプリドライバーで、英国製マシンにこだわり、残念ながらシリーズチャンプは取れなかったと言われる「無冠の帝王」なんだけど、その速さといい、気性といい、記録ではなく記憶に残るドライバーだった(らしい。なんせ現役時代を知らないんで)。

で、今回オレはこのグッドウッド・フェスティバルを、メインスポンサー筋でもあるダンヒルの取材で行ったおかげで、貴重な会場内の豪華昼食会に出席することができたのだが、ここで偶然モスさんと背中合わせになり、ラッキーにもお話することができた。

でね。このモスさん。いや、愛を込めてモスおじいさん。予想以上にキサクかつユーモア溢れる方だったのだ。というのも一緒にいた人が「実はこの人(オレ)、初めて明日コースを走るんですけどね」と切り出した時のこと。じいさまこう答えた。

モス:クルマを走らせるのは速ければ速いほどカンタンだ。(それと同じで)女性もひとりの人とずっと付き合えばいいが、ラブアフェアをすると難しくなる。

……オレは一瞬、目が点になった。いきなりそう来たか。そしてしばらく迷った後、今度はこう問いかけた。

世界選手権としてのF1グランプリでの成績は、1951年から61年まで66戦出場、優勝16回、ポールポジション16回。
世界選手権としてのF1グランプリでの成績は、1951年から61年まで66戦出場、優勝16回、ポールポジション16回。
速くて強いが、チャンピオンシップ最高位は1955〜58年まで4年連続記録した2位。タイトルとは無縁で「無冠の帝王」と呼ばれている。
速くて強いが、チャンピオンシップ最高位は1955〜58年まで4年連続記録した2位。タイトルとは無縁で「無冠の帝王」と呼ばれている。

小沢:シンプル過ぎる質問ですけど、モスさんは女性とクルマ、どっちが好きなんですか。

モス:(一瞬、ニヤリと笑った風で)若い頃は同じぐらいだったけど今は両方。ともにひとつで2つの喜びをもたらしてくれる……。

うーむ、なんとも感慨深い。本来ならさらに「2つの喜びって?」と突っ込みたかったが時間の関係もあり、問答は終わってしまったのだが、ココでオレはハタと気づいた。

昔から言われている「男には負けたくないことがニつある。一つは運転、もう一つはセックスだ」という彼の名言。あれはたまたま出てきた格言ではなく、普段からそういう話ばっかりしてたんじゃないだろうか。ある意味“十八番トーク”だったのでは。ねぇ、モスじいさま。

さらにダンヒル美人広報の島田さんはこう付け加えた。
「ほとんどオシムよ。モータースポーツ界のオシム」

ちょいとセクシーな謎に満ちた問いかけでクルマをオンナに例える往年の名ドライバー。それは日本サッカー界の救済者と目され、同じく哲学的問答で知られる現代表監督のイビチャ・オシムの姿とカブった。
そして同時にモスじいさまがいかにクルマと女性を愛していたのかわかる。なんせこの時、彼は現在4人目となる日本生まれの奥さんとともにグッドウッドを訪れていたのだから。

クルマとオンナはまさしく彼にとっての一番の関心ごとであり、楽しみであり、悩ませる存在。おそらく人生の最後まで付き合うのだろう。

うーん、イギリスクルマ文化、つくづく侮れどれじ!

(文と写真=小沢コージ/2006年8月)

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小沢 コージ

小沢 コージ

神奈川県横浜市出身。某私立大学を卒業し、某自動車メーカーに就職。半年後に辞め、自動車専門誌『NAVI』の編集部員を経て、現在フリーの自動車ジャーナリストとして活躍中。ロンドン五輪で好成績をあげた「トビウオジャパン」27人が語る『つながる心 ひとりじゃない、チームだから戦えた』(集英社)に携わる。 ホームページ:『小沢コージでDON!』