第82回:日本に残る「氷河の足跡」、木曽駒ヶ岳(その4:数百万年前、日本に高い山はなかった)(矢貫隆)

2006.07.28 エッセイ

第82回:日本に残る「氷河の足跡」、木曽駒ヶ岳その4:数百万年前、日本に高い山はなかった(矢貫隆)

木曽駒ヶ岳から東を臨む。手前に伊那谷、奥に甲斐駒ヶ岳を含む南アルプスの山々、その向こう側には富士山も見える。

■「山って……どうしてできたんですかね?」

伊那市とか駒ヶ根市とか、あのあたり一帯の、いわゆる伊那谷に住む人たちは木曽駒ヶ岳を「西駒」と呼んでいる。
伊那谷からは東西にふたつの駒ヶ岳が見えるからだ。遠く東に荒々しい姿でそびえるのが南アルプスの甲斐駒ヶ岳、すぐ西に見えるのが中央アルプスの木曽駒ヶ岳。このふたつの駒ヶ岳を西駒、東駒と呼び分けているのである。

「伊那市が運営している山小屋が『西駒山荘』という名前なのは、そういう理由からだったんですね」
西駒、東駒の呼び名の由来を知るまで、俺も不思議に思っていたことだ。

「ところでね……。これだけ連載を続けてきたのに、今更になってこんな疑問を抱くのも何だとは思うんですけどね、山って……どうしてできたんですかね?」

結婚したばかりだというのに、やっぱりあかんのか?
「いや、近所のオバチャンに『あんたとこの奥さん、えらいべっぴんさんやな』と言われてますし、勘違いかもしれませんが幸せな毎日です」
それなら何でそんな質問を……、いや、聞くまい。

こちらは南アルプスの仙丈岳から眺める北岳(右)。鷲が羽を広げているような美しい山容が特徴だ。奥には、雲海から顔を出す富士山。

数百万年前には日本には高い山は存在せず、ここ100万年ほどの間に隆起してきたらしい。
「例によって小泉武栄教授(東京学芸大学、自然地理学)から聞いたんですね?」

3年前の秋、南アルプスの仙丈岳に登ったときのことを思いだしてもらいたい。山頂に辿り着いたとき、すぐ隣に日本で2番目に高い北岳が見えた。
山頂付近がピラミッド型で、そこを中心に鷲が羽を広げているような格好の北岳。あの山頂を眺めながら「あれが7000万年を旅してきた地層か」と感動したものだった。

1億3000万年ほど前、南太平洋のイースター島付近の海底火山が爆発し、そのときに噴出した溶岩が太平洋プレートに乗って移動を始めた。そして7000万年の時間をかけて3000キロの距離を旅して辿り着いた先が日本列島だった。

長い旅の途中で溶岩の上にはプランクトンの死骸が降り積もり、あるいは飛んできた火山灰が降り積もり、そこに日本列島から流れ込んできた砂や泥が乗っかった。

ユーラシアプレートに沈み込むときにはそれらの層がごちゃまぜになって、その一部が付加帯として陸に押しつけられる。だから、この100万年ほどの間に隆起してきた北岳に3000キロを旅してきた地層が含まれているというわけなのだ。

「要するに、プレートは動いていると言いたいんですよね?」

(つづく)

(文=矢貫隆/2006年7月)

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矢貫 隆

矢貫 隆

1951年生まれ。長距離トラック運転手、タクシードライバーなど、 多数の職業を経て、ノンフィクションライターに。 自動車専門誌「NAVI」(二玄社)に「交通事件シリーズ」(終了)、 同「CAR GRAPHIC」(二玄社)に「自動車の罪」「ノンフィクションファイル」などを手がける。 「自殺-生き残りの証言」(文春文庫)、「通信簿はオール1」(洋泉社)など、著書多数。