【ダカール・ラリー2006】元スキーチャンピオン優勝で三菱6連覇・通算11勝目を手に入れる!(前編)

2006.01.16 自動車ニュース

【ダカール・ラリー2006】元スキーチャンピオン優勝で三菱6連覇・通算11勝目を手に入れる!(前編)

2006年ダカール・ラリー(正式名称「ユーロミルホー・ダカール2006」=通称パリダカ)が2005年12月31日にポルトガルのリスボンで開幕、2006年1月15日にセネガルの首都ダカールでゴールした。
「三菱パジェロエボリューション」駆るリュック・アルファンが総合優勝し、三菱に6連勝目、通算11勝目をもたらした。
三菱vsフォルクスワーゲンの首位争いが繰り広げられた今回をスタートから振り返る。

■過去最高のエントリー

第28回目のパリダカには、オート(四輪)174台、モト(二輪)232台、カミオン(トラック)69台の計475台775名が出場し、アシスタンスも加えると過去最高の712台が参加。16日間(休息日1日を含む)で競技となるスペシャルステージ=SS4183kmを含む、トータル9043kmの長く厳しい戦いとなった。

12月31日にリスボンをスタート。翌日、スペインのマラガを目指した2つのステージでは、元WRCチャンピオンのカルロス・サインツ(フォルクスワーゲン・レーストゥアレグ2)がSS連続制覇。周囲を圧倒する走りを見せつけ、華々しいパリダカ初参戦を飾った。

今年6連勝がかかった三菱のワークス勢(レプソン三菱ラリーアート)4台は、出遅れた感じがあったものの、舞台をアフリカのモロッコに移した第3ステージで、過去に2度の総合優勝を誇る増岡浩(三菱パジェロエボリューション)がSS2位をゲット、トップとの差を6秒に縮めて総合2位に浮上した。

■増岡、まさかのリタイア

いよいよ本命の出番がやってきたと期待したその翌日、増岡がまさかのリタイアという悲劇に見舞われた。彼のナビゲーターがスリーコーション(最高の危険度)のサインを見逃し、2回転する大事故が発生。幸い2人にケガはなかったが、ロールゲージの損傷が大きく、その後のレースの安全性が確保できない、と断腸の思いでリタイアすることになった。

第4ステージでは、初の砂丘レース体験となったサインツが再びSSトップ。第5ステージでは総合首位、2位には僚友で過去に総合優勝しているユタ・クラインシュミットがつけるなど、5台のフォルクスワーゲン陣営がトップ10入りする強さを見せていた。

■三菱のペテランセル、遂に総合1位に浮上

ところが、アフリカで2つ目の国モーリタニアに入ったところで情勢に変化が表れた。今年のラリーの山場といわれた同地は、砂丘とキャメルグラス(ラクダ草)がつづく長距離の難しいコース、GPSの使用が制限された今回、ナビの腕の見せどころでもあった。そんな状況下、第7ステージで、増岡を除く三菱3台が5〜7位もジャンプアップ。総合1、2、6位に躍り出た。

そして第8ステージでは、ディフェンディングチャンプのステファン・ペテランセルが遂に総合首位に浮上。第11ステージまで総合首位を堅守し、いよいよ史上3人目のパリダカ3連覇達成の現実味が帯びてきたと、誰もが予想し始めた。(後編へつづく)

(文と写真=野口友莉)


「肩の力を抜いて、3勝目を目指したい」とレース前に語っていた増岡浩だが、第4ステージでまさかの転倒、リタイアとなってしまった。


今年、三菱の最強のライバルとなった「フォルクスワーゲン・レーストゥアレグ2」。三菱とVW、2大ワークスの戦いは次回さらに熾烈を極めそうだ。


1990年、1992年のWRCチャンピオン、カルロス・サインツ。パリダカ初参戦にして4回のSSトップをゲットする快挙を見せたが、ラリー中盤以降はマシントラブルに見舞われて、結果総合11位でゴールした。

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