【F1 2005】第18戦日本GP、ライコネン、17番グリッドから最終周に逆転し7勝目!

2005.10.10 自動車ニュース

【F1 2005】第18戦日本GP、ライコネン、17番グリッドから最終周に逆転し7勝目!

F1世界選手権第18戦日本GP決勝が、2005年10月9日、三重県の鈴鹿サーキット(5.807km)を53周して行われた。
トヨタ・ホンダのフロントロー、佐藤琢磨5番グリッドと、地元ファンの期待高まるなか開かれたレースは開始早々から大波乱。結局、雨の予選とエンジン交換で17番グリッドからスタートしなければならなかったキミ・ライコネン(マクラーレン・メルセデス)が驚異の追い上げで最終周に首位を奪取、今年7回目の勝利を手に入れた。

2位ジャンカルロ・フィジケラ、3位フェルナンド・アロンソとルノーが表彰台の下段を独占。ファン・パブロ・モントーヤが1周目にクラッシュ、リタイアしたマクラーレン勢に対し、ルノーはコンストラクターズランキングのトップを奪還した。

好走したマーク・ウェバー(ウィリアムズBMW)が4位、2番グリッドから中盤トップを走行するもタイヤ交換後に後退したジェンソン・バトン(BARホンダ)は5位、6番グリッドから出走したデイヴィッド・クルタード(レッドブル・レーシング)は6位でゴール。アロンソ、ライコネンらと激しいつばぜり合いを演じたミハエル・シューマッハーは7位、ポールポジションから序盤は1位を走ったラルフ・シューマッハー(トヨタ)は8位だった。

佐藤琢磨(BARホンダ)は、スタート直後の1、2コーナーでコースアウトし順位を大幅に下げ、13周目にはヤルノ・トゥルーリ(トヨタ)とシケインで接触、結局13位で完走したのだが、レース後、トゥルーリとの事故の発端をつくったとして失格が言い渡された。

■歴史に残る一戦

日本でトヨタ初優勝か、はたまたホンダ72勝目か。フロントローに並んだ2台の日系マシンを前にヒートアップした地元ファンの期待は、GP最速のマシン、ドライバーたちによる異次元の走りに、夢と消え去った。

ポールシッターのラルフ・シューマッハーが3番グリッドのフィジケラ、2番グリッドのバトンらを従えてオープニングラップを終えると、最終コーナーではジャック・ヴィルヌーヴ(ザウバー・ペトロナス)がモントーヤを押し出し、マクラーレンはクラッシュ。セーフティカーが導入された。

この間、雨の予選で後方に沈んだトップランナーは相次いでポジションアップ。ミハエル・シューマッハーは7台追い抜き7位、アロンソは8台抜き8位、雨+エンジン交換による10グリッド降格(今年4度目)のライコネンは5つあげ12位につけていた。

再スタート後、トヨタの母国で初Vを狙い3ストップを採用したラルフは、僅か13周で給油のためピットイン。5周にもわたるセーフティカーランは、軽いマシンで後続を引き離したかったトヨタに災いした。

1位はフィジケラにわたりこう着状態に。その後ろでは、ミハエル・シューマッハーという高く険しい壁に、アロンソ、ライコネンらが挑戦。新時代を担う2人のドライバーは、無類のドライバーズサーキットで王者陥落に成功し、世代交代を予感させた。

残り15周、トップのフィジケラが2度目にして最後のピットインを終え、かわって首位に立ったバトンも3周後にピットへ入り、もう一度給油が必要なライコネンが暫定1位となる。この時点で、レースのエピローグを予想できたものはいなかっただろう。

チェッカードフラッグまであと8周、ライコネンがピットイン、トップをフィジケラに明け渡し2位でコースに復帰した。

両車の差は僅か5.4秒。その後ライコネンは1秒以上速いペースでフィジケラを追い、テール・トゥ・ノーズ状態に持ち込んだ。
鬼気迫る走りで、130R、シケイン、そして1コーナーと隙をうかがうライコネン、必死に防戦するフィジケラ。周回数が残り1周となったとき、ついにライコネンが牙を剥き、譲ってたまるかと構えるフィジケラを1コーナー進入でさした。そして、マクラーレンはトップのままゴールした。

ライコネンの今シーズン7勝目は、自身が「ベストレースのひとつ」と言い切るほどの会心の勝利だった。そして、極めて高い次元でコンペティションが繰り広げられた、歴史に残る一戦だった。日本勢が大敗したとしても、充分満足のいく内容だったはずだ。

史上最多19戦で争われる2005年も、あと一戦で幕引きとなる。フィナーレの舞台は隣国中国。決勝レースは10月16日に行われる。

(webCG 有吉)


ポールシッターのラルフ・シューマッハーがトップで1コーナーへ。その真後ろのフィジケラが、2番グリッドのジェンソン・バトンから2位の座を奪った。この直後、佐藤琢磨とルーベンス・バリケロがコースオフし後退。最終コーナーではファン・パブロ・モントーヤがクラッシュしセーフティカーが導入された。(写真=フェラーリ)


ファイナルラップのメインストレート、ライコネン(後ろ)がフィジケラを追い抜き、トップを奪った。2000年のベルギーGP、ライコネンの先輩ミカ・ハッキネンが、周回遅れを間に挟みミハエル・シューマッハーをオーバーテイクした、あの瞬間と似た鮮烈なシーンだった。(写真=メルセデスベンツ)


ライコネンに勝利を奪われたルノー勢だが、2、3位で14点を手に入れ、コンストラクターズランキングでは逆転に成功。ルノー176点対マクラーレン174点、最終戦中国でタイトルが決定する。(写真=ルノー)


ホンダの地元で、BAR、そして自身初の勝利を目指したジェンソン・バトン。2番グリッドからスタートし上位を維持しつづけたが、最初のピットストップで給油口が開かず6秒以上タイムロス。トップを走りながら入った2度目には同時ピットインのマーク・ウェバーに先を越され、結果5位でゴールした。(写真=本田技研工業)


雨の予選で14番グリッドと後方からスタートせざるを得なかったミハエル・シューマッハー。スタート直後の混乱で一気に7つもポジションをあげたが、その後はアロンソ、ライコネンの若手に追われ追い抜かれ、最終的に7位でゴール。世代交代を予感させる一戦だった。(写真=KLM Photographics J)


母国での初ポールポジションにわいたトヨタ勢。ラルフ・シューマッハーの勝利への作戦――通常の2ストップではなく3ストップ――は、5周のセーフティカーランで台無しに。レース後半はマシンのバイブレーションに悩まされ、8位1点獲得がやっとだった。(写真=トヨタ自動車)


佐藤琢磨にとっては悪夢のような日本GPとなってしまった。予選5位、上位入賞が期待されたが、スタート直後の1、2コーナーでコースアウトし大きく後退。中段までポジションを回復させるも、13周目にヤルノ・トゥルーリとシケインで接触。それでも何とか13位で完走を果たしたが、レース後、トゥルーリとの接触は佐藤に非があると判断され、失格が言い渡された。ベルギーGPでのシューマッハーとの一件といい、佐藤の走りはアグレッシヴすぎるという声も少なくない。(写真=本田技研工業)


オープニングラップ、中段を走るジャック・ヴィルヌーヴは、ファン・パブロ・モントーヤを最終コーナーで追いやり、マクラーレンをクラッシュ、リタイアに追い込んだ。レース後、ヴィヌルーヴの非を認めたレーススチュワードは、元チャンピオンに25秒加算のペナルティを与え、ヴィルヌーヴは11位から12位へ降格。コンストラクターズタイトルを争うマクラーレンにとっては、手痛い結果となった。(写真=KLM Photographics J)

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