【F1 2005】さようなら、ミナルディ!――レッドブル、イタリアンチームを買収

2005.09.13 自動車ニュース

【F1 2005】さようなら、ミナルディ!――レッドブル、イタリアンチームを買収

ベルギーGP予選後の2005年9月10日、かねてから噂されていた、レッドブルによるミナルディチーム買収が正式発表された。

■レッドブル、2チーム体制に

オーストリアの飲料メーカー、レッドブルGmbHは、シーズン終了後の2005年11月1日より、ミナルディ・フォーミュラワンチームの全株式を取得する。これによりレッドブルはチーム運営の全責任を負うことになり、2006年は本家レッドブル・レーシングとあわせ、2つのチームを持つことになる。

この2チームは独立したものとして運営され、シャシーはもちろんオリジナルとなる。エンジンは、レッドブルにはフェラーリ製V8が供給されるが、ミナルディ側は未定。チーム名なども明らかにされていない。

ミナルディ側は“ルーキーチーム”という立場で、レッドブルが擁する多くのドライバー――ヴィンタントニオ・リウッツィやクリスチャン・クリエン、スコット・スピードら――をシートにつかせるといわれる。

レッドブルを率いる富豪ディートリッヒ・マテシッツは、特にアメリカ人GPドライバーを育てたいと明言してきた。同社のマーケティング的な狙いからと思われるが、しかしアメリカ人を起用するにも、現在の2シートだけでは足らない。ならばシートを増やそうというのが、今回の買収の一番の理由とされる。

加えて、チームが今後利益を生み出すという見込みと、現行10チーム中2つのチームを有することで得られる政治力、これら考えが背景にあるという。

■プライベート(弱小)チームの終焉

いつもテールエンドをうろちょろしていた(かに見える)ミナルディ。その歴史は意外と長く、F1参戦を始めたのは1985年だ。
2003年のハンガリーGPでは記念すべき参戦300戦目をマーク。それ以前もその後も勝利に恵まれることはなかったが(おそらく今シーズンも最後まで)、小規模でお金がないながらも何とかもってきたその強運と情熱は賞賛に値する。

また若く有能なドライバーを発掘するチームとして、アレッサンドロ・ナニーニ(チーム在籍は1986-87年)、ジャンカルロ・フィジケラ(1996年)、フェルナンド・アロンソ(2001年)、マーク・ウェバー(2002年)らを輩出してきた。日本では、片山右京(1997年)、中野信治(1998年)が在籍したことでも知られている。

何度か首脳陣やオーナーシップを変え、2001年からはヨーロピアン航空の社長、ポール・ストッダードがボスを務めてきた。

F1大資本に真っ向勝負を挑んできた小さなチームが、またひとつ消える。

(webCG 有吉)

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