【天国から、お久しぶり】波瀾万丈、「エンツォ・フェラーリ」ストーリー(前編)

2005.08.19 自動車ニュース

【天国から、お久しぶり】波瀾万丈、「エンツォ・フェラーリ」ストーリー(前編)

ご先祖様の精霊を迎え供養する日本の伝統行事、お盆にちなみ、自動車業界に多大なる功績を残した偉人たちをお迎えする「天国から、お久しぶり」。
最後に登場するのは、真紅のフェラーリを生み出したイタリアの巨星、御大エンツォ・フェラーリ(Enzo Ferrari/1898年〜1988年)。

■次々と襲う不幸

エンツォ・フェラーリが誕生した日、激しい雪嵐がモデナの町を襲い、エンツォの父親であるアルフレッド・フェラーリが息子の出生届けを市役所に出したのは、嵐がやんだ2日後の20日のこと。そのためエンツォは2月20日の生まれとなっている。

真紅のフェラーリを生み、サーキットを席巻したエンツォ・フェラーリだが、若き日の彼の人生は波瀾万丈の一言に尽きたようだ。

エンツォの父アルフレッドは、鉄道関係の工場経営を手掛ける実業家であり、また大学教授を友人に持つ知識人でもあった。
20世紀が始まって間もない1903年、アルフレッドはフランスのドディオン・ブートンを自家用車として所有していた。その頃モデナには27台しかクルマがなかったというから、エンツォの生家はかなりの資産家であったのだ。
幼い頃のエンツォは、自転車とサッカーに熱中する少年で、将来の夢はスポーツライターになることであったという。

ところが、1916年に父が病没し、彼が営んでいた工場が倒産。さらに同じ年に兵役についていた兄が戦場で病死するという不幸がエンツォを襲った。19歳になったエンツォは徴兵されて戦地に赴くが、間もなくひどい肋膜炎を発病、長い療養生活の末、奇跡的に回復した。


エンツォ・フェラーリ(写真左)の肩に手をかけるのは、戦前のグランプリを席巻した伝説的ドライバー、タツィオ・ヌヴォラーリ。

■ドライバー、そしてマネジャーとして

エンツォが自動車を職業とするようになったのは、1917年に軍隊を除隊してからで、トリノに出たエンツォは、裸のトラックシャシーの陸送ドライバーとしての職を得た。

その後、1919年にCMNチームの一員としてレーシングドライバーとしてデビューを果たしたが、その翌年にはアルファ・ロメオを購入し、同時にテストドライバーとして採用された。

アルファ時代のエンツォは優れたドライバーであったが、彼の才能が発揮されたのはレーシングチームのマネジャーになってからだ。
アルファのワークスチームを率いると、タツィオ・ヌヴォラーリ、アキッレ・ヴァルツィ、ルイ・シロンなど当時のトップドライバーを集め、優れたチーム運営でアルファに黄金期をもたらした。
グランプリ(F1が制定される以前の最高峰レース)での勝利に加え、ミッレ・ミリアでは連勝を重ねた。(つづく)

(文=SuperCG)

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