第54回:枯れゆくブナの山、檜洞丸(その3)(矢貫隆)

2004.11.09 エッセイ
 

第54回:枯れゆくブナの山、檜洞丸(その3)(矢貫隆)

 
登山道の入り口は、青々とした緑が映える沢だった。
登山道の入り口は、青々とした緑が映える沢だった。
しっとりした森を抜けてたどり着いた「ゴーラ沢出合」。轟々たる水しぶきをあげ流れる川の水が、丸太の橋を飲み込もうとしていた。
しっとりした森を抜けてたどり着いた「ゴーラ沢出合」。轟々たる水しぶきをあげ流れる川の水が、丸太の橋を飲み込もうとしていた。
橋が水に沈めば帰り道が断たれる。このまま引き返すか、それとも先に進むか?
橋が水に沈めば帰り道が断たれる。このまま引き返すか、それとも先に進むか?

 

■なぜブナの森は枯死したか?

檜洞丸の山中から湧き出した沢が合流して流れる西丹沢自然教室のあたりにはオートキャンプ場があって、そこではテントを含め、キャンプ道具一式を借りることができる。つまり、にわかキャンパーでも手軽に大自然のなかでオートキャンプの醍醐味を体験することが可能なのだ。

僕たちはキャンプ場の管理施設のパーキングにプリウスを停め、レインウェアを着込んで、いざ出発。この期に及んでも気乗りのしない表情のA君だったが、登山口に足を踏み入れたとたん、目だけは凛々しい登山者のそれに変わった。
「うわーっ、きれいですねぇ……」
まだ登り始めてはいなかったけれど、登山口に入ったとたん目に飛び込んできた鬱蒼としたブナの木々にA君は感嘆の声を上げるのだった。

およそ40分、ほとんど上り勾配のないなだらかな道を歩いているうちに「ゴーラ沢」に出た。
僕たちにとって、ここは思案のしどころだった。

雨足は強くないけれど、場所が場所だけに増水の心配をしなければならない。何しろ数年前には、同じ檜洞丸の山中を源流とする、隣の玄倉川があっという間に増水し、キャンパーが深刻な水難事故にあったというテレビのニュースを見たことがある。

僕たちはここで30分ほどの大休憩をとり、川の様子を見守ることにした。増水すればゴーラ沢に架かる丸太を組んだ橋は流されて僕たちは孤立してしまう。ここはひとつ、慎重に様子を見るべきだろう。

……今後のプランを思案しながら、コーヒータイム。
……今後のプランを思案しながら、コーヒータイム。
登山とはいえ、コーヒーは粉からいれる。これこだわりなり(!?)。
登山とはいえ、コーヒーは粉からいれる。これこだわりなり(!?)。

 

この間にコーヒーを沸かし、例によってA君の質問コーナーの始まりである。
「どうして檜洞丸のブナの森は大規模に枯死してしまったんですか?」
もっともな質問である。

手短に説明すれば、京浜工業地帯で発生した窒素酸化物を主とする大気汚染物質はいったんは東京湾に流れてしまうのだけれど、風の向きによっては再び内陸部へと押し戻され山岳地帯へとぶつかる。そして酸性雨を降らせてしまうのである。

「酸性雨が問題なのはわかりますが、でも、植物を枯死させてしまうほど酸性の強い雨が降っているとは思えないんですけど……」

女性にはまるで縁がないが、さすがインテリのA君。鋭い指摘である。とか言って時間をつぶし、ゴーラ沢の水量にまるで変化が見られないと勝手に思い込むことにして、僕たちはいよいよ檜洞丸の急登を歩きだしたのだった。(つづく)

(文=矢貫隆/2004年11月)

 

この記事の大きな画像を見るためには、画像ギャラリーをご覧ください。

矢貫 隆

矢貫 隆

1951年生まれ。長距離トラック運転手、タクシードライバーなど、 多数の職業を経て、ノンフィクションライターに。 自動車専門誌「NAVI」(二玄社)に「交通事件シリーズ」(終了)、 同「CAR GRAPHIC」(二玄社)に「自動車の罪」「ノンフィクションファイル」などを手がける。 「自殺-生き残りの証言」(文春文庫)、「通信簿はオール1」(洋泉社)など、著書多数。