F1日本GP、シューマッハー独走で13勝目、佐藤は4位入賞【F1 04】

2004.10.11 自動車ニュース

【F1 04】F1日本GP、シューマッハー独走で13勝目、佐藤は4位入賞

F1世界選手権第17戦日本GP決勝が、2004年10月10日、三重県の鈴鹿サーキット(5.807km)を53周して行われた。
台風22号の影響で土曜日のスケジュールは中止され、史上初めて予選、決勝同日開催となった今レースは、フェラーリのミハエル・シューマッハーがポール・トゥ・ウィンを飾った。第13戦ハンガリーGP以来の今シーズン13勝目、最多勝記録は「83勝」となった。

2位はウィリアムズBMWのラルフ・シューマッハー。大怪我を負った第9戦アメリカから第15戦イタリアまで休養していたシュー弟は、復帰2戦目にして表彰台にのぼった。

3位はジェンソン・バトン、4位は佐藤琢磨とBARホンダが今年7度目のダブル入賞を果たし、ルノーと争うコンストラクターズ選手権2位へ王手をかけた。

以下、5位フェルナンド・アロンソ(ルノー)、6位キミ・ライコネン(マクラーレン・メルセデス)、7位ファン・パブロ・モントーヤ(ウィリアムズBMW)、8位ジャンカルロ・フィジケラ(ザウバー・ペトロナス)が入賞した。

ルノーからトヨタに移籍して初めて実戦に臨んだヤルノ・トゥルーリは、トップから1周遅れて11位完走。最終戦を待たずに鈴鹿で引退するオリヴィエ・パニスの「トヨタTF104B」は2周遅れで14位だった。

史上最多の全18戦で争われた2004年シーズンは、最終戦ブラジルGPを残すのみとなった。決勝レースは10月24日に開催される。

■ドライバーズランキング(18戦中17戦終了)

1位 ミハエル・シューマッハー 146点
2位 ルーベンス・バリケロ 108点
3位 ジェンソン・バトン 85点
4位 フェルナンド・アロンソ 54点
5位 ファン・パブロ・モントーヤ 48点
6位 ヤルノ・トゥルーリ 46点
7位 キミ・ライコネン 37点
8位 佐藤琢磨 31点
9位 デイヴィッド・クルタード 24点
10位 ジャンカルロ・フィジケラ 22点
11位 ラルフ・シューマッハー 20点
12位 フェリッペ・マッサ 11点
13位 マーク・ウェバー 7点
14位 オリヴィエ・パニス 6点
14位 アントニオ・ピッツォニア 6点
16位 クリスチャン・クリエン 3点
16位 クリスチアーノ・ダ・マッタ 3点
16位 ニック・ハイドフェルド 3点
19位 ティモ・グロック 2点
20位 ゾルト・バウムガードナー 1点

■コンストラクターズランキング

1位 フェラーリ 254点
2位 BARホンダ 116点
3位 ルノー 100点
4位 ウィリアムズBMW 74点
5位 マクラーレン・メルセデス 61点
6位 ザウバー・ペトロナス 33点
7位 ジャガー・コスワース 10点
8位 トヨタ 9点
9位 ジョーダン・フォード 5点
10位 ミナルディ・コスワース 1点

(webCG 有吉)

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予選で最速タイムを叩き出したミハエル・シューマッハーのフェラーリ(手前)は、終始他を寄せ付けることなく、一度も首位を譲ることなく、圧勝した。スタートで兄に続いたラルフのウィリアムズBMW(奥)は、オープニングラップで1秒の差をつけられ、以後フェラーリをとらえることはできなかった。(写真=KLM Photographics J)

予選で最速タイムを叩き出したミハエル・シューマッハーのフェラーリ(手前)は、終始他を寄せ付けることなく、一度も首位を譲ることなく、圧勝した。スタートで兄に続いたラルフのウィリアムズBMW(奥)は、オープニングラップで1秒の差をつけられ、以後フェラーリをとらえることはできなかった。(写真=KLM Photographics J)

ホンダの母国で優勝を目指したBARホンダの2台。金曜日大雨、土曜日中止と、セットアップを煮詰める時間が皆無に等しかった今回、バトン(手前)2ストップ、佐藤琢磨(奥)3ストップと作戦を分けて臨んだ。
結果、ピットインが1回すくなかったバトンに軍配が上がり、シューマッハー兄弟の後ろ、3位でフィニッシュした。
佐藤とのダブル入賞で、ルノーとの間には16点の壁ができた。コンストラクターズランキング2位決定は最終戦ブラジルに持ち越されるが、BARホンダが圧倒的に優位にいることは間違いない。(写真=KLM Photographics J)

ホンダの母国で優勝を目指したBARホンダの2台。金曜日大雨、土曜日中止と、セットアップを煮詰める時間が皆無に等しかった今回、バトン(手前)2ストップ、佐藤琢磨(奥)3ストップと作戦を分けて臨んだ。結果、ピットインが1回すくなかったバトンに軍配が上がり、シューマッハー兄弟の後ろ、3位でフィニッシュした。佐藤とのダブル入賞で、ルノーとの間には16点の壁ができた。コンストラクターズランキング2位決定は最終戦ブラジルに持ち越されるが、BARホンダが圧倒的に優位にいることは間違いない。(写真=KLM Photographics J)

地元の大声援に応えるべく、表彰台に向けて奮戦した佐藤琢磨(左)。予選で4番グリッドを獲得し、決勝を前に期待はますます膨らんだ。
スタートで5番グリッドのバトンに抜かれたものの、ジャガーのマーク・ウェバーをかわしたことで4位の座をキープ。ピットインのタイミングで一時は2位を激走した。しかし、2セット目のタイヤに交換した後はペースがあがらず苦戦。また途中でドリンクボトルが機能せず、ノドがカラカラになりながらの走行を強いられた。結果、惜しくも表彰台に届かず、4位でゴールした。(写真=本田技研工業)

地元の大声援に応えるべく、表彰台に向けて奮戦した佐藤琢磨(左)。予選で4番グリッドを獲得し、決勝を前に期待はますます膨らんだ。スタートで5番グリッドのバトンに抜かれたものの、ジャガーのマーク・ウェバーをかわしたことで4位の座をキープ。ピットインのタイミングで一時は2位を激走した。しかし、2セット目のタイヤに交換した後はペースがあがらず苦戦。また途中でドリンクボトルが機能せず、ノドがカラカラになりながらの走行を強いられた。結果、惜しくも表彰台に届かず、4位でゴールした。(写真=本田技研工業)

“タクマ効果”か、今年は例年以上に多くの観客が鈴鹿サーキットにつめかけた。決勝日には15万6000人がレースを見守ったと伝えられる。(写真=本田技研工業)

“タクマ効果”か、今年は例年以上に多くの観客が鈴鹿サーキットにつめかけた。決勝日には15万6000人がレースを見守ったと伝えられる。(写真=本田技研工業)

11年のGPキャリアに終止符を打つオリヴィエ・パニス(左)。(左から)トヨタ自動車の齋藤明彦副社長、今回からトヨタを駆ることになったヤルノ・トゥルーリ、そしてトヨタ自動車の張富士夫社長が、大ベテランの長年の健闘と功績を称えた。
F1参戦3年目、50戦の節目を鈴鹿で迎えたトヨタ勢は、予選でこそトゥルーリが6位につけたものの、レースではトゥルーリ、パニスともにタイヤの不調などに苦しみ、トゥルーリ11位、パニス14位と下位に沈んだ。(写真=トヨタ自動車)

11年のGPキャリアに終止符を打つオリヴィエ・パニス(左)。(左から)トヨタ自動車の齋藤明彦副社長、今回からトヨタを駆ることになったヤルノ・トゥルーリ、そしてトヨタ自動車の張富士夫社長が、大ベテランの長年の健闘と功績を称えた。F1参戦3年目、50戦の節目を鈴鹿で迎えたトヨタ勢は、予選でこそトゥルーリが6位につけたものの、レースではトゥルーリ、パニスともにタイヤの不調などに苦しみ、トゥルーリ11位、パニス14位と下位に沈んだ。(写真=トヨタ自動車)

それまで二輪メーカーとして活躍してきたホンダが、四輪モータースポーツの最高峰F1に“オール・ホンダ”で参戦を始めたのが1964年ドイツGP。以後、1968年までの第1期に2勝、エンジンサプライヤーとして1983年から1992年まで参戦した第2期に69勝を記録した。
レース前に催された40周年記念パレードランには、往年のチャンピオン、ジョン・サーティース駆る「ホンダRA272」(手前)などが“ホンダサウンド”を響かせた。(写真=KLM Photographics J)

それまで二輪メーカーとして活躍してきたホンダが、四輪モータースポーツの最高峰F1に“オール・ホンダ”で参戦を始めたのが1964年ドイツGP。以後、1968年までの第1期に2勝、エンジンサプライヤーとして1983年から1992年まで参戦した第2期に69勝を記録した。レース前に催された40周年記念パレードランには、往年のチャンピオン、ジョン・サーティース駆る「ホンダRA272」(手前)などが“ホンダサウンド”を響かせた。(写真=KLM Photographics J)

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