2005年「パリダカ」、1月1日にバルセロナから

2004.07.14 自動車ニュース

2005年「パリダカ」、1月1日にバルセロナから

“パリダカ”こと「テレフォニカ・ダカールラリー2005」の日本における記者発表会が、2004年7月13日、都内ホテルで開かれた。

■距離を短縮、中身を充実

今回で27回目を迎えるアフリカン・ラリーレイドは、2005年1月1日にスペインはバルセロナをスタートし、16日、西アフリカはセネガルの首都ダカールにある「ラック・ローズ」でゴールする。
スペインで乗船し地中海を渡り、アフリカに上陸。モロッコで足慣らしをし、モーリタニアで最難関とされる砂漠に挑戦したあと、マリの森を抜けセネガルにたどり着く道程だ。

今年は距離を短縮する一方で、より難易度の高い障壁を設け、チャレンジングなコースとする予定。正式なルートと日程、ルールは、9月1日に発表されるという。

競技面では、村を通過する際のスピード制限を「忍耐を強いられる」(プレスリリース)30km/hから50km/hに引き上げ、GPSなしのステージを1、2回取り入れるなどする。また昨年同様、サービスの受けられないマラソンステージを2回設定する。

技術面では、モト(2輪)にクワッド(4輪バイク)部門を新設。オート(4輪)部門ではタイヤの空気調整システムの禁止などが決まっている。

■体制を一新

ラリーの主催者であるASOは、今回から運営組織を一新した。
ユベール・オリオール代表がひとりで仕切っていた体制をより分業化し、それまでロジスティック関連の仕事をしていたエチエンヌ・ラヴィンニュを総責任者とする組織へと移行。今回開かれたプレゼンテーションは、競技者サービスの責任者、フレデリック・ルキアンにより行われた。

パリダカ創設者のティエリー・サビーヌ、そして彼の死後参加者として、また運営者として活躍してきたオリールが去ったパリダカ。カリスマは消えても、母なる大地アフリカを舞台にした壮大なラリーレイドは続く。

(webCG 有吉)

 
2005年「パリダカ」、1月1日にバルセロナからの画像

競技者サービスの責任者、フレデリック・ルキアン
 

	競技者サービスの責任者、フレデリック・ルキアン
	 

この記事の大きな画像を見るためには、画像ギャラリーをご覧ください。