アジア・パシフィックラリー選手権第3戦「ラリー北海道2003」(1日目)

2003.09.16 自動車ニュース

アジア・パシフィックラリー選手権第3戦「ラリー北海道2003」(1日目)

アジア・パシフィックラリー第3戦「ラリー北海道2003」が、2003年9月12日から3日間の日程で開催された。モータースポーツジャーナリストの古賀敬介による現地リポートをおくります。




■WRCに昇格!

2003年9月12日、アジア・パシフィックラリー選手権第3戦「ラリー北海道2003」が北海道帯広で始まった。アジア・パシフィックラリー選手権、通称“アジパシ”は、WRC=世界ラリー選手権のすぐ下に位置するシリーズ。その名のとおりアジアやオセアニア地区を中心とした選手権で、ヨーロッパや中東の選手権と同じステータスをもつ。2001年から国際ラリーを開催している北海道は、去年このシリーズの1戦に組み込まれ、今年で第2回目となる。

今回最大の話題は、2004年にはこのイベントがいよいよWRCに昇格することがほぼ決定したこと。正式決定はイベント終了後の審査委員会で下されるが、すでにFIA(世界自動車連盟)が発表したカレンダーにはちゃーんと組み込まれているから、まず間違いはないだろう。そして、フォードやシトロエン、スバルなどは、視察団を北海道に派遣。来年にむけて各チームはもう準備を始めているのだ。
日本でWRC開催……いまだに信じられない。「公道で自動車の競争をするなんて暴走族のやること」、そういう認識が根強い国だ。タルガフローリオやミッレミリアみたいに、昔から公道でレースをやっていた国じゃないのだから仕方がない、そう思っていた。いやはや、自分の目が黒いうちに(髪の毛は白くなりつつあるが)「WRC in JAPAN」が見られるなんてまさに夢のような気分だ。来年9月3日からの3日間、みんなで帯広に民族大移動しませんか?


日本人最速を争う、奴田原文雄選手(左)と新井敏弘選手

■最速日本人対決

さてさて、肝心のラリーはというと、見どころは新井敏弘(スバル・インプレッサ)と、奴田原文雄(三菱ランサーエボリューション)のタイマン勝負。新井はグループNマシンでWRCを戦う唯一の日本人だ。そのスピードは完全に世界レベルで、日本においてはもはや敵ナシ。シリーズでもトップを争っている。
一方の奴田原は、現在日本で一番速いドライバー。全日本ラリー選手権とアジア・パシフィックラリー選手権の両方に参戦し、どちらもポイントリーダーという状態である。ま、いってみればアジパシは、日本人最速の座を巡る戦いなわけで、加えてそこには“スバルvs三菱”の仁義無き戦いという図式も成り立つ。

ラリーは3日間、3レグ制のスタイルで、総走行距離は1285.22km、SS=スペシャルステージは272.33kmというダイナミックなスケール。北海道と聞いてイメージするものよりコース幅は若干狭いが、トップマシンでは180km/h前後で走るステージもあるなどかなり高速だ。しかも、道路脇には固そうな木々が迫っているため相当にデンジャラス。ドラテクと勇気の両方が求められる難しいラリーといえる。




■阿鼻叫喚

11日木曜日、帯広駅前の特設会場からスタートしたマシンは、翌日12日よりアタックを開始。おおかたの予想どおり、最初から奴田原と新井のドッグファイトになった。ふたりの外見は「眼鏡の優しいお兄さん」なのだが、走りは相当えげつない。1.5車線ぐらいの林道をラリータイヤでかきむしり、絶妙なドリフトで目の前をブッ飛んでいく。そう、このラリー北海道では数多くのステージにギャラリーコーナーが設けられているので、間近でトップドライバーたちのキレた走りをじっくりと安全に堪能できるのだ。

初日はまず奴田原がダッシュをかけ、中盤で新井がそれを逆転。奴田原に対して約8秒のリードを築いたまま第1レグを終了し、世界レベルの走りというものをライバルとファンに見せつけた。路面は基本的にドライだったが、ところどころにヌルヌルの場所もあるという難しいコンディション。しかも。道の真ん中には特大サイズのおにぎりぐらいある石がゴロゴロしている。そのため、初日から数多くのエントラントがコースアウトし、マシンが横転したり大破したりと阿鼻叫喚状態。海外からわざわざやって来た有力ドライバーも、十勝の深い森の中に次々と消えていった。

と、このようにいきなりタフな展開となったラリー北海道2003。第2レグとなる明日の天気予報は雨だった。ただでさえ滑りやすい路面はさらにヌルヌル度がアップし、荒れた展開となることが予想される。走行距離は692.58km、SSは117.14kmだ。

(文と写真=古賀敬介)

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