佐藤琢磨、2003年はBARホンダのリザーブドライバー

2002.12.19 自動車ニュース

佐藤琢磨、2003年はBARホンダのリザーブドライバー

F1ドライバー、佐藤琢磨が2003年に所属するチームが、2002年12月18日に明らかになった。もう1年契約を残していたジョーダンチームとの関係は解消され、2001年にテストドライバーを務めたBARホンダと3年契約を締結。少なくとも2003年シーズンは“リザーブドライバー”として開発やテストなどに取り組み、2004年以降はレギュラードライバーになれることがオプションとされた。

マカオF3レース優勝、英国F3選手権チャンピオンなど数々の好成績を残し、2002年にジョーダンから晴れてGPデビューを飾った佐藤琢磨。クラッシュやリタイアに見舞われ、決して順風満帆なシーズンではなかったが、最終戦日本GPを5位でフィニッシュし初入賞、母国ファンの胸を熱くしたことは記憶に新しい。

有終の美を飾った佐藤だったが、2003年シーズンに向けた体制はなかなか決まらなかった。その最大の理由が、ジョーダンチームの資金難とされる。シーズン中の人員削減に続いて、11月には大口スポンサーのドイチェ・ポスト・ワールドネット社と決裂。チームの台所事情は大変厳しく、エディ・ジョーダン代表は、ジャンカルロ・フィジケラと組むセカンドドライバーは「チームにどれだけスポンサーをもたらすかで決める」と公言していた。
また来シーズン、ジョーダンがホンダからフォードにエンジンを変えることも影響した。佐藤にとって、チーム内の“理解者”がいなくなったのは痛かったはずだ。

1999年の高木虎之介以来の、久々の日本人ドライバーだった佐藤。2003年は“控えドライバー”となるが、オリヴィエ・パニスしかり、ミカ・ハッキネンしかり、テスト(リザーブ)ドライバーからレース復帰した例もある。2004年以降の復活に期待したい。

●佐藤琢磨のコメント
「来季ジョーダンで続けてレースが出来ないのは、確かに残念です。しかしチームとは良い関係を保ったままですし、なによりテスト・ドライバーに戻ることをステップダウンとは思っていません。僕のドライバーとしての技量を最も重視してくれるチー ムと、一緒に仕事したいですから。
2003年は、マシン開発に専念することになるでしょう。それは同時に僕自身がF1ドライバーとしての技術を磨くことでもあります。2002年シーズンの後半は、残念ながらほとんどテストが出来ませんでした。しかし今のF1では、じっくり走り込むことがとても重要です。技術の粋を集めて作られたマシンですから、その進化には相当の手間 と時間がかかるからです。
僕が前に在籍していた時のBARホンダと今のチームとは、かなりの変化が感じられます。もちろんそれは、良い方向での変化です。またこのチームで一緒に働けることがすごく嬉しいし、これが僕の最良の選択であることを確信しています」

●BARホンダ、デビッド・リチャーズ代表のコメント
「我々は、琢磨の復帰を大歓迎している。2001年の彼は本当にいい仕事をしてくれたし、その後1年間ジョーダンで実戦を経たことで、必要な経験を積むことが出来た。いずれにしても彼は日本から出てきた最高のドライバーであり、F1ドライバーとしての才能は疑いようがない。今年の日本GPでの活躍が見せてくれたようにね。
それにホンダという日本のメーカーと密接な協力関係にある我々にとって、日本人エンジニアと直接コミュニケーション可能な日本人ドライバーの存在は、非常に貴重なものだ」

(webCG 有吉)

佐藤琢磨、2003年はBARホンダのリザーブドライバーの画像

2002年の最終戦日本GPで、予選7位、決勝5位と自己最高記録を更新。ホンダのスタッフとともに喜びを噛みしめた(本田技研工業)

2002年の最終戦日本GPで、予選7位、決勝5位と自己最高記録を更新。ホンダのスタッフとともに喜びを噛みしめた(本田技研工業)

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