星野一義、レーシングドライバーを引退

2002.08.29 自動車ニュース

星野一義、レーシングドライバーを引退

2002年8月28日、“日本一速い男”の異名で一時代を築いた名レーシングドライバー、星野一義が引退を表明した。今後は自身のチームの監督として、若手ドライバー育成にあたるという。

1947年7月1日生まれの星野は、1963年にニ輪のモトクロス競技でモータースポーツ界入りを果たし、1969年には日産自動車と契約を交わし、四輪へ転向した。
ツーリングカーやスポーツカー、GTカー、フォーミュラカーなど、カテゴリーを問わぬオールラウンダーとして600戦近いレースに参戦、サーキットを席巻した。
1976年、1977年には富士スピードウェイで開催されたF1レースにスポット参戦、1976年には雨中一時3位を走り観衆を沸かせた。
また1992年には、アメリカのデイトナ24時間レースでニッサンR91CPを駆り、長谷見昌弘、鈴木利男とともに総合優勝。1998年はルマン24時間で鈴木亜久里、影山正彦とともにニッサンR390GT1で総合3位を獲得するなど、国際舞台でも成績を残した。
1997年春にフォーミュラレースから引退、1999年からは全日本GT選手権(JGTC)に専念していた。2002年7月のJGTC第5戦富士が最後のレースとなった。

最後の優勝は、2000年のJGTC第6戦MINE。勝利数は分かっているだけでも133勝を数え、21回も四輪でチャンピオンタイトルを獲得した。
30年以上にわたり日本モータースポーツ界をリードしてきた“巨星”は、55歳の夏、シーズン半ばでヘルメットを脱いだ。

(webCG 有吉)

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