伝説の「富士30度バンク」走行会

2000.09.13 自動車ニュース
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伝説の「富士30度バンク」走行会(9/13)

■30年前にタイムスリップ?
富士スピードウェイ(FISCO)の30度バンクと聞いて郷愁を感ずるのは、現在40代なかば以上のモータースポーツファンだろうか。思い起こせば1966年3月の正式オープン以来、FISCOの目玉は常に30度バンク。それが、74年6月の富士グランチャンピオンシリーズ第2戦で起きた多重事故を最後に閉鎖されてから、すでに四半世紀以上が経過しているのである。

かつては日本グランプリにおけるTNT(トヨタ/ニッサン/タキレーシング)のビッグマシーン対決をはじめ、語り継がれる激闘の舞台となった30度バンク。それは250km/hを超える速度域でのバトルが繰り広げられた世界有数の高速コーナーであり、また何人かのドライバーの尊い人命を奪った魔のコーナーでもあった。

去る8月27日(日)、その伝説の30度バンクを体験走行するという、きわめてマニアックなイベントが開催された。

「30度バンクミーティング」と題されたこのイベントは、御殿場を拠点とするマッドハウス・モータースポーツクラブが、草の根モータースポーツの活性化と地盤作りを目的に、当日FISCOで主催した「富士サマーフェスティバル2000」のプログラムのひとつとして企画されたものである。

今回のイベントに先立つこと8カ月、昨年12月に開催されたオートザムAZ-1のクラブミーティングの際に25年ぶりに30度バンクが開放されたそうだが、そのときに雑草が生い茂り、荒れ放題だったバンクの路面はスタッフの尽力によって走行可能な状態に整備されたという。

ここで30度バンクをご存じない方のために簡単に説明しておくと、全長4.4kmの現コースのストレートの延長線上に第1コーナーとして存在していたものであり、現在のダートトライアル場の上方に位置している。ダートラ場やジムカーナ場に向かう際に、誘導路からバンクをごらんになったことのある方ならわかるだろうが、下から見上げた姿はまさに壁面である。

今回の走行コースは旧8番ポスト付近(といってもオールドファンしかわからないだろうが)を起点に、旧9番ポストを超えたあたりまでの約400m。競技ではないので走行は1台ずつで、タイム計測も行なわない。だが参加者はヘルメットも不要で、同乗者も可。加えて順番待ちさえすれば、ひとりで何回走ってもいいという、参加者とってはウレシイ限りのおおらかな参加規定である。

当日集まったマシーンはハコスカ、初代フェアレディZ、ヨタハチ、ホンダS、ベレGといった国産旧車を中心に約80台。クラブ単位で参加していたであろうAZ-1軍団をはじめ、NSXやR33GT-Rといった近年のモデルも走ってはいたが、やはりバンクに似合うのは同時代の旧車勢である。

走行を終えた参加者に感想を尋ねたところ「スタート地点で傾斜したコースに停止しているのはコワかったが、走り出してしまえば楽しくて恐怖は感じなかった」とのこと。
また、「アウト側(バンク上段)を走ったらキャブの油面が下がったのか、エンジンの吹けが悪くなった」とか「ガソリンがタンク内で片寄ってしまい、電磁ポンプがカラ打ちしていた」などの声も聞かれた。いずれも走った者でなければわからない、貴重な体験であろう。

晩夏とはいえ、じりじりと照りつける太陽の下、次々と30度バンクを駆け抜ける旧車の姿を眺めているうちに、いつしか思いははるか時の彼方へ。四半世紀の間にコースの間際まで生い茂った樹上で鳴くセミの声に混じって、一瞬、ニッサンR382やトヨタ7の咆哮が聞こえたような気がした、というのは作り話だが、そうした白日夢にも似た思いを抱かせるに十分な、楽しいなかにも歴史的な意義を感じさせるイベントだった。

(リポート=沼田 亨)

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