フォーミュラニッポン開幕戦、詳細レポート

2001.03.30 自動車ニュース
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フォーミュラニッポン開幕戦、詳細レポート(3/30)

フォーミュラニッポン開幕戦「21世紀 日本一速い男決定戦!!」は、3月25日三重県・鈴鹿サーキットで10チーム20台が出走し、決勝レース(35周)が行なわれた。ポールポジションからスタートした服部尚貴(5ZIGEN)が一度もトップを明け渡すことなくポール・ツゥ・フィニッシュで創設11年目の5ZIGENに初優勝をもたらした。2位に脇阪寿一(ARTA)、3位にルーキーの荒聖治(COSMO OIL CERUMO)が入った。完走は15台だった。

■白熱の予選
前日の予選、午後のアタックも終盤にさしかかり、まず脇阪がニュータイヤで1分45秒186を叩き出した。終了まで10分を切り、最後のアタックが始まっていた。服部は脇阪の出したタイムを見て「勘弁してよ、この路面コンディションでなんであのタイムがでるの」と半ばあきれ顔で最後のアタックに出た。終了1分前、服部は44秒台にただひとり突入し「タイムをみて、自分でもびっくりした」と言う、1分44秒941のコースレコードを記録してのPP獲得。

■スタートに賭ける
予想通り決勝当日は雨。朝から降り続く雨は不規則にその降り方を変化させ、コース・コンディションが定まらない。雨のレースは、先行車が巻き上げる水しぶきに包まれ視界が確保できないため、スタートが最も重要だ。予選で苦渋をなめた2番グリッドの脇阪は、スタートに賭けていた。「1番前に出る」勝つためにはそれしかない。

空が明るくなりウォームアップ走行時には、やみかけていた雨は、スタート直前一気に強まった。シグナルグリーン、脇阪のスタートは決まった。PPから出た服部に1コーナー手前でイン側に並びかけた。しかし、服部にイン側を閉められ、さらに好スタートを決めていたミハエル・クルム(5ZIGEN)が外側から勢い良く並びかけてきた。行き場がなくなった脇阪は引くしかなかった。シリーズを考えれば「ノーポイント」は絶対避けなければならない。

序盤、5ZIGENの2台は、他を引き離し順調にリードを続け、このまま開幕戦を「1-2」で飾る勢いだ。「チームオーダーは出していなかった」と松本恵二監督はいう。シケインでオーバーランするほど気迫の攻めを続けるクルムの追撃は目を見張った。しかし、17周目に予期せぬトラブルがクルムを襲いエンジンが突然止まりリタイヤに。

この時点で服部は2位の脇阪に18秒の差を付けていた。残り15周を過ぎてから服部はペースを落としたかのように2分10秒から11秒のタイムで周回を続けている。服部の勝利が決まったかのようにさえ見えた。しかし、それを追う脇阪は毎周2秒速いペースで追撃していた。残り3周、差は2秒を切り、コーナーごとに「ミラーにばんばん寿一が映っていた」。

観客、チームスタッフ、見るモノすべてが息をのむ。服部もペースを上げたが脇阪はさらに速い。34週目に2分6秒481のファステストラップを記録し、差を0.5秒台に縮めて最終ラップに勝負をかけた。「追いついても、抜けないことはわかっていた。後ろからプレッシャーをかけ続けることで、ミスをしてくれればそのすきに前に出ようと思っていた」と脇阪。最後の最後まで、ミスを犯すことなく走りきった服部が0.7秒差で逃げ切った。服部は「ラスト3周は息をした記憶がない」とレース後語った。まさに21世紀の幕開けにふさわしい、記憶に焼き付くシーンの連続だった。

■いったい、僕は何位だったんですか?
3位でゴールし、ルーキー初戦表彰台獲得。96年のラルフ・シューマッハー以来という快挙を成し遂げた荒聖治は、自分の順位をレース中知らされていなかった。「チェッカーを受けてピット前を通過したらサインボードに3とあった」。無線で「いったい、僕は何位だったんですか」と問うと、佐藤正幸監督は「ご苦労さん」と一言。監督の配慮で、いらぬプレッシャーを与えないために、順位は知らされなかったようだ。ルーキーらしからぬ力強さを感じさせ、今シーズンをおもしろくするキーマンのひとりになりそうだ。

■面目躍如
アジアから参戦のナレイン・カーティケヤン(excite IMPUL)は初戦を6位入賞で、チームメイト本山哲がエンジントラブルでリタイヤしたチームにポイントをもたらし、インド人最速の面目躍如となった。

第2戦は、4月22日栃木県・ツインリンクもてぎで行なわれる。

(リポート&写真=湯野 晴)

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