第258回:「フェラリー」か「フェラーリ」か、それが問題だ!?

2012.08.17 エッセイ

第258回:「フェラリー」か「フェラーリ」か、それが問題だ!?

カタカナ化に悩む

イタリアの最新統計によると、2012年の夏は景気低迷から10人中6人がヴァカンツァ(バカンス)に行かず家に残るらしい。それでも今週は夏休みの移動が最高潮に達した。

2012年4月に開業したイタリアの新鉄道会社NTV社が走らせる高速鉄道「イタロ」も初めての夏を迎えた。同社は、あのルカ・ディ・モンテゼーモロが出資者兼会長を務めている。

かくも話題をふりまき続けるモンテゼーモロだが、思い出すのは彼が1991年にフェラーリの会長に就任したときのことだ。当時ボクが勤めていた東京の出版社の自動車雑誌編集部では、ある問題が発生した。
“Montezemolo”の読みが「モンテゼーモロ」か「モンテゼモーロ」か? ということだった。多くのイタリア語単語は後ろから2番めの母音にアクセントがつくが、例外もあるためだ。
結局のところ、後日誰が調べてきたか忘れたが、イタリアではモンテゼーモロと呼ばれていることが判明して決着した。

同様にたびたび困ったのは、外国車のブランド名や車名のカタカナ表記を決めるときであった。日本のインポーターがそれを決めて広告宣伝に使用しているときは、時折「そうかぁ?」と内心じくじたる思いをする場合もあるものの、それに従うのが手っ取り早い。

いっぽう往年のブランド名は厄介だった。前述のモンテゼーモロ同様、当時ボクが働いていた職場で議論となったのは、19世紀末から第二次大戦まで存在したフランス車「Delahaye」である。それまで「ドライエ」と記してきたものの、ある日「フランス人が『デラヘイ』と言っていた」というスタッフ証言が舞い込み、最終的には「デラヘイ」に変更されたのを覚えている。

イタリアの新鉄道会社NTV社の特急「イタロ」。
第258回:「フェラリー」か「フェラーリ」か、それが問題だッ!?
ルカ・ディ・モンテゼーモロ。
第258回:「フェラリー」か「フェラーリ」か、それが問題だッ!?
1937年「ドライエ(デラヘイ)145」。「コンコルソ・ヴィラ・デステ2012」にて。
第258回:「フェラリー」か「フェラーリ」か、それが問題だッ!?

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大矢 アキオ

大矢 アキオ

コラムニスト。国立音楽大学ヴァイオリン専攻卒にして、二玄社『SUPER CG』元編集記者、そしてイタリア在住20年という脈絡なき人生を歩んできたものの、それだけにあちこちに顔が広い。今日、日本を代表するイタリア文化コメンテーター。10年以上にわたるNHK『ラジオ深夜便』リポーター、FM横浜『ザ・モーターウィークリー』季節ゲストをはじめラジオでも活躍中。『Hotするイタリア』『イタリア発シアワセの秘密 ― 笑って! 愛して! トスカーナの平日』(ともに二玄社)、『カンティーナを巡る冒険旅行』『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(ともに光人社)、電子書籍『イタリア式クルマ生活術』(NRMパブリッシング)など数々の著書・訳書あり。