第257回:クルマも「ミラーレス時代」に突入せよ!

2012.08.10 エッセイ

第257回:クルマも「ミラーレス時代」に突入せよ!

ミラーひとつにも思い出たくさん

クルマを運転しているとき、「十年一日のごとく変わらないなぁ」と思う自動車パーツのひとつに、ドアミラーがある。それを改良したり生産したりしている方々に対しては少々失礼であるものの、ワイパーとともに原理的には自動車の草創期からまったく変わっていない。

それでもミラーには、さまざまな思い出がある。
ボクが自動車教習所に通い始めた1984年には、すでにフェンダーミラーだけでなく、ドアミラーも道路運送車両法によって認可されていた。
だが認可から1年しか経過していなかったこともあり、教習車だったトヨタの初代「クレスタ」はフェンダーミラーのままであった。
当時のボクはフェンダーミラーを、自動車雑誌『CAR GRAPHIC』などを読んでダサいと信じ込み、同時に新聞記事から輸入車を不利にする悪名高き非関税障壁の代表例と決めつけていた。
だが免許取得後、家にあったドアミラー車に乗ってみると、運転中の視線移動がフェンダーミラーより大きく、慣れるのに時間がかかった。いや、怖かった。

加えて「フェンダーミラーのほうが、ウサギの耳のようでカワイイ!」というクラスメイト女子の発言を聞くにおよび、本気でフェンダーミラーを後付けしようかと考えたくらいだ。

一方、就職して初めて自分の給料で買ったクルマ、1991年型「フィアット・ウーノ」のドアミラーは縦横比が当時のF1マシン風で、そのスタイリッシュさから電動角度調整がないことも気にならなかった。
個人的には、当時アメリカ車のミラーに記され始めた「投影物が近くにいることがあります」という断り書きも、製造物責任の訴訟問題に揺れた時代の産物とはいえ、どこかカッコよく映ったものだ。

それだけ外国車のミラーに陶酔していたにもかかわらず、現在、東京でフェンダーミラーの付いた「トヨタ・クラウンコンフォート」を見ると、欧州で見られないエキゾチック感から妙にシビれているという、自己矛盾がある。

「日産ジューク」欧州仕様車のドアミラー。
「日産ジューク」欧州仕様車のドアミラー。
1983年「フィアット・ウーノ」。
1983年「フィアット・ウーノ」。
東京都内にて。フェンダーミラーが付いた「トヨタ・クラウンコンフォート」(写真右)。
東京都内にて。フェンダーミラーが付いた「トヨタ・クラウンコンフォート」(写真右)。

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大矢 アキオ

大矢 アキオ

コラムニスト。国立音楽大学ヴァイオリン専攻卒にして、二玄社『SUPER CG』元編集記者、そしてイタリア在住20年という脈絡なき人生を歩んできたものの、それだけにあちこちに顔が広い。今日、日本を代表するイタリア文化コメンテーター。10年以上にわたるNHK『ラジオ深夜便』リポーター、FM横浜『ザ・モーターウィークリー』季節ゲストをはじめラジオでも活躍中。『Hotするイタリア』『イタリア発シアワセの秘密 ― 笑って! 愛して! トスカーナの平日』(ともに二玄社)、『カンティーナを巡る冒険旅行』『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(ともに光人社)、電子書籍『イタリア式クルマ生活術』(NRMパブリッシング)など数々の著書・訳書あり。