ミカ・ハッキネン、来季はお休み

2001.09.14 自動車ニュース

ミカ・ハッキネン、来季はお休み

F1マクラーレン・メルセデスのドライバーで、1998-99年のワールドチャンピオン、ミカ・ハッキネンが、今シーズン終了後「休養」に入ることが明らかになった。2002年、デイヴィッド・クルタードのチームメイトとしてマクラーレンのステアリングを握るのは、今年ザウバーでデビューしたスーパールーキー、キミ・ライコネンだ。

第15戦イタリアGPの初日に発表されたステイトメントで、ハッキネンは「1974年にカートを始めたときから、F1は僕の人生すべてだった」と切り出した。
「キャリアを積み上げていくにしたがって、ストレスが高まっていった。ここで充電し、妻エリヤと息子ヒューゴと一緒に過ごす時間を増やせるよう、チームに休養を取りたいと願い出た。」
「もちろん、引退する方が簡単なのは分かっているが、そういう決断はできなかった。復帰するのは大変だと分かっているけれど、再びウエスト・マクラーレン・メルセデスと共にレースを戦いたいと思っている。」

今シーズン、ハッキネンは絶不調にあえいだ。完走すら難しかった序盤戦、優勝まであと数百メートルというところでマシントラブル、リタイアしたスペインGP、スターティンググリッドでローンチコントロールの操作を間違えスタートできなかったオーストリアGPなど...。第11戦イギリスGPでは、ずば抜けた速さで起死回生の1勝をあげたものの、それ以外で“王者の走り”は見られず、シーズン中には度々引退が噂されていた。第14戦ベルギーGPまでの獲得ポイントは24点、ランキング5位に低迷している。

ハッキネンの休養に対し、マクラーレンのロン・デニス代表は、「ミカは9年間、チームのメンバーとして、159戦を戦い、26回のポールポジション、19回の優勝という素晴らしい仕事をしてくれた」とハッキネンの戦跡を褒め称え、「彼は休養するという決断をしたが、これでお別れというわけではない」とコメントした。

ハッキネンの後任は、同郷フィンランドの21歳、ライコネンだ。2001年、レース経験わずか23レースでザウバー・ペトロナスからF1デビュー。ルーキーらしからぬ速さ、クレバーさを見せている、「将来のチャンピオン候補」である。
ライコネンは、「マクラーレンをドライブする機会をくれたペーター・ザウバーに感謝したい」と、チームボスに感謝の意を表した。

マクラーレンのエンジンサプライヤー、メルセデスベンツとペーター・ザウバーは古くからの仲。メルセデスは、F1に打って出る前の80年代後半から90年代初めにかけて、ザウバーとともにスポーツカー(グループCカー)を戦った経緯がある。ライコネンがザウバーを離れマクラーレンへ移籍できたのも、こういった関係のお陰かもしれない。

なお、来季ハッキネンが休養することにより、クルタードと築いた最長コンビ記録(1996-2001年)は途絶えることとなった。

ミカ・ハッキネン
1968年9月28日生まれのフィンランド人。91年にロータスでF1デビューした後、93年にマクラーレンのテストドライバーに。以後今シーズンまで同チームに在籍し続ける。
93年、マイケル・アンドレッティがシーズン途中で降板したのをうけ、レギュラードライバーに昇格。マクラーレンでの第1戦となったポルトガルGP予選で、あの故アイルトン・セナを上回るポジションについたのは有名な話。
その後、スランプに陥っていたチームでなかなか成績を残せず、95年オーストラリアGPでは大クラッシュ、生死の間をさまようほどの大怪我を負った。
悲願の初優勝は、97年の最終戦ヨーロッパGP。ジャック・ヴィルヌーヴとミハエル・シューマッハーのタイトル決定戦だった。その翌年、自身初、フィンランド人としては82年のケケ・ロズベルク以来2人目となるドライバーズチャンピオンに。99年に、宿敵シューマッハーを倒し、タイトル防衛を果たした。

(webCG 有吉)

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