「シューマッハー・スタイル」でシーズン終了

2001.10.15 自動車ニュース

「シューマッハー・スタイル」でシーズン終了

F1最終戦 日本GP決勝が、2001年10月14日、三重県は鈴鹿サーキット(5.859km)を53周して行われた。ポールポジションから優勝したのは、フェラーリのミハエル・シューマッハー。今シーズン9勝目は、1992年のナイジェル・マンセル(ウィリアムズ・ルノー)、1995年の自身の記録に並ぶ年間最多勝記録、さらに通算優勝記録を53に伸ばしたのに加え、アラン・プロストがもっていた最多得点記録798.5点を更新、801点を獲得し、シーズンを終えた。

■驚異的な32秒台

今年で15回目を迎えた鈴鹿でのGP。例年、タイトル争い真っ盛りで乗り込んでくる「F1サーカス」だが、8月の第13戦ハンガリーGPでミハエル・シューマッハーが早々にチャンピオンを獲得、消化試合になってしまうのでは、との危惧もあった。しかし、その不安はまったくの杞憂であったことが、土曜日の予選ではっきりした。

秋晴れの土曜日、予選。ウィリアムズBMWのファン・パブロ・モントーヤ、このレースを最後に1年間の休養に入るマクラーレン・メルセデスのミカ・ハッキネンらがベストタイムを更新する中、ミハエル・シューマッハーは最初のタイムアタックから異次元の速さを披露。1991年にゲルハルト・ベルガー(マクラーレン・ホンダ)が記録したコースレコードを2.2秒も上回る1分32秒484で、今シーズン10回目のポールポジションを獲得した。モントーヤは1分33秒184で2位。シューマッハーとの差は、なんと0.7秒もあった。

■チャンピオンに死角なし

気温23度、穏やかな秋の空のもと、約15万人の観客が鈴鹿につめかけた。

シューマッハーは、ポールから好スタートをきり1コーナーへ。予選2位のモントーヤ、3位のラルフ・シューマッハー(ウィリアムズBMW)が続いた。
オープニングラップ、4番手スタートのルーベンス・バリケロ(フェラーリ)が、高速コーナー「130R」でラルフをパスし3位に浮上した。1979年以来の「フェラーリ1-2シーズン」を飾りたいバリケロ/フェラーリにとって、ランキング2位のデイヴィッド・クルタード(マクラーレン・メルセデス)を追い抜くためには、優勝が絶対条件だ。モントーヤを抜き2位にあがれば、チームメイトのシューマッハーが首位を譲ってくれるであろうことは明白だったが、ストレートスピードに定評のあるウィリアムズBMWがそれを阻んだ。

2位モントーヤのミシュランタイヤは、序盤10周あたりまでグリップが落ちる特性がある。ミハエルとモントーヤとの差は、5周目までに9秒7まで拡大。以後、グリップが回復しファステストラップを立て続けに更新するも、モントーヤがフェラーリのテールを間近に見ることはなかった。

53周を周回し、トップでチェッカードフラッグをうけたシューマッハー。予選、決勝とも他を圧倒したパフォーマンスで、2001年シーズンの有終の美を飾った。

2位に、ルーキーイヤーをランキング6位で終えることとなったモントーヤ、3位にはクルタードが入り、表彰台にのぼった。
以下、4位ハッキネン、5位バリケロ、6位ラルフ・シューマッハーが入賞した。バリケロは、結局クルタードの得点を上回ることができず、ランキング3位となった。

地元で錦を飾りたかったホンダエンジン勢では、ヤルノ・トゥルーリ(写真)の8位が最高位。不本意なシーズンを不本意なカタチで終えた。
トゥルーリのチームメイト、このレースでF1引退を表明していた大ベテラン ジャン・アレジは、5周目に目の前でスピンしたキミ・ライコネン(ザウバー・ペトロナス)を避けきれず、無念のリタイアをきっした。

■「素晴らしい終わり方」

最多勝記録、最多得点記録、自身4度目のタイトル獲得など、様々な記録を打ち立てたミハエル・シューマッハー。「1位でシーズンを終えられて、とても嬉しいよ」と、レース後の記者会見で語った。「素晴らしい結果、素晴らしい終わり方だ」。

2位のモントーヤは、ポールポジション3回獲得、第15戦イタリアGPで初優勝した今シーズンを振り返り、「最初のシーズンとしては、まずまずうまくいった」とコメント。いっぽうで、時として足を引っ張ったミシュランタイヤには問題があると指摘、「冬の間に、一生懸命タイヤ改善に取り組まないといけない」と語った。

残り5周、3位を走行していたハッキネンに道を譲られて、3位でフィニッシュしたクルタード。結果としてシューマッハーの58点後ろ、ランキング2位でシーズンフィナーレを迎えた。
4位に後退したハッキネンに関して、「きっとミカは、3位に入って、ここ(記者会見上)でレポーターと話をするのを避けたんだろうよ」と話した。

そのハッキネンは、「デイヴィッドがポディウムでレースを終えてハッピーだよ」。3位を譲ったことについては、「過去(ハッキネンがタイトルを争っているとき)、彼が僕を助けてくれた“お返し”だね」。
イタリアGPで1年間の休養を宣言。2002年は、同郷のキミ・ライコネンにマクラーレンのステアリングを託す。再来年に戻ってくるのか、あるいは戻ってこれるのか、様々な意見や憶測が渦巻く中、玉虫色の「最後のレース」を終えた。

■201戦目の終止符

日本GP直前に突如の引退表明をしたジャン・アレジ。1989年フランスGP、ティレルでのデビュー戦でいきなりの4位入賞。90年開幕戦アメリカGP、非力なフォードエンジンを駆り、故アイルトン・セナとトップ争いを繰り広げたことは、彼の非凡な才能を語る上での語り草となっている。

F1キャリアに別れを告げる201戦目。若きライコネンのもらい事故で、無念の最後を迎えた。「こんな感じでキャリアを終えるのは、悲しいね」。現役最年長のベテランは、コース脇にたたずんでいたライコネンと握手をし、静かに、しかし堂々と鈴鹿をあとにした。

■2001年シーズン結果

●ドライバーズランキング
1位 ミハエル・シューマッハー 123点
2位 デイヴィッド・クルタード 65点
3位 ルーベンス・バリケロ 56点
4位 ラルフ・シューマッハー 49点
5位 ミカ・ハッキネン 37点
6位 ファン・パブロ・モントーヤ 31点
7位 ニック・ハイドフェルド 13点
8位 ジャック・ヴィルヌーヴ 12点
9位 キミ・ライコネン 9点
9位 ヤルノ・トゥルーリ 9点
11位 ジャンカルロ・フィジケラ 8点
12位 エディ・アーヴァイン 7点
13位 ジャン・アレジ 6点
13位 ハインツ-ハラルド・フレンツェン 6点
15位 オリヴィエ・パニス 5点
16位 ペドロ・デ・ラ・ロサ 3点
17位 ジェンソン・バトン 2点
18位 ヨス・フェルスタッペン 1点

●コンストラクターズランキング
1位 フェラーリ 179点
2位 マクラーレン・メルセデス 102点
3位 ウィリアムズBMW 80点
4位 ザウバー・ペトロナス 22点
5位 BARホンダ 17点
5位 ジョーダン・ホンダ 17点
7位 ベネトン・ルノー10点
7位 ジャガー・コスワース 10点
9位 プロスト・エイサー 4点
10位 アロウズ・アジアテック 1点

(文=webCG 有吉/写真=本田技研工業)

「シューマッハー・スタイル」でシーズン終了の画像
13シーズン目、ベテラン アレジは、沢山のファンに惜しまれつつF1を去った。GP201戦出場は、歴代5位の記録。優勝は、1995年、低迷フェラーリを駆ったカナダGPでの1勝のみ。


13シーズン目、ベテラン アレジは、沢山のファンに惜しまれつつF1を去った。GP201戦出場は、歴代5位の記録。優勝は、1995年、低迷フェラーリを駆ったカナダGPでの1勝のみ。

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