2001年フォーミュラニッポンを振り返る

2001.12.29 自動車ニュース

2001年フォーミュラニッポンを振り返る

「21世紀、日本一速い男決定戦」と銘打ち、2001年3月24日に三重県は鈴鹿サーキットで開幕した全日本選手権フォーミュラニッポンは、11月18日の最終戦でシーズンを終えた。新世紀最初の栄冠は本山哲(excite IMPUL)が手中に収め、1998年以来3年ぶり、2度目のチャンピオンとなった。10戦で4人の勝者が誕生した2001年シーズンを振り返る。


第9戦もてぎ、本山哲は2001年フォーミュラニッポンのシリーズチャンピオンとなった。最大のライバルであり友人でもある服部尚貴(5ZIGEN)が祝う。(写真上)
10戦4勝、底力で2度目のタイトル獲得に成功した本山(写真下)。

■チャンピオンの底力
本山哲(優勝4回/49点/ランキング1位)

2001年のフォーミュラニッポンを振り返ると、やはり本山哲の「底力」ともいえる強さがじわりと浮かび上がってくる。
シーズン序盤、ベテランの服部尚貴(5ZIGEN)が開幕戦から4戦で3勝をあげ、シリーズの流れを掴んだかに見えた。一方の本山は、服部が勝利したレースのすべてでトラブルやペナルティに見舞われ、ノーポイント。滑り出しは、決して良くなかった。
このアンラッキーな状況下においても、「速さはある。(いろいろなことが)かみ合わなかっただけ。なんの心配もしていない」と強気のコメントを続けていた本山は、第3戦のシーズン初勝利に続き、5、6、8戦と表彰台の頂点にのぼり、結果、ランキング2位の服部に16点もの差をつけてタイトル奪取に成功した。
チャンピオン獲得後、シーズン序盤を振り返り、「あのときは、正直あせった」と吐露した本山。あせる気持ちを落ち着かせ、常に自身の力を信じ、チームを信じた結果のタイトル獲得だった。


服部尚貴

■序盤のチャンプ
服部尚貴(優勝3回/33点/ランキング2位)

雨の開幕戦 鈴鹿を制した服部は、続く「ツインリンクもてぎ」でも辛抱強く走りきり、勝利を手にした。第4戦の富士では「負ける気がしなかった」と話すほどの完璧な勝利。タイトル争いの流れは服部が掴んでいた。
しかし、3勝した前半の好調さがウソのように、中盤から後半にかけて不調に喘ぐことになる。「どこも悪いところはないのに、タイムが出ない」ほどの泥沼状態。予選でシングルグリッドに入れない状況にまで落ち込んでしまった。

所属する5ZIGENチームは、第4戦に服部とミハエル・クルムが1-2フィニッシュを決め、その時点までチームタイトルトップを快走していた。それだけに、後半戦の低迷ぶりは予想外の展開だったといえる。
しかし、序盤で稼いだ「貯金」を大切に守り、不調の中でも常に完走を目指しのぞんだ最終戦。チームタイトルを「excite IMPUL」と同ポイントで争っていた5ZIGENは、新型マシンを投入、結果、わずか2点差で初のチームタイトルを手にした。

■空回りした気合い
脇阪寿一(優勝1回/23点/ランキング5位)

本山、服部に続きシリーズ3人目の勝者となったのは、脇阪寿一(ARTA)。第7戦 富士で完璧なレースを見せ、トップでチェッカードフラッグをうけた。
開幕戦で服部に次ぐ2位に入賞した脇阪。しかしその後は一転、予選での好順位を生かせず、ペナルティを受けるレースが続き、シリーズ前半に結果が出せなかった。「言い訳のできない年」と言い続けた脇阪だったが、記録した優勝は1回のみ。脇阪自身にとって、やや不本意なシーズンだったことは、想像に難くない。

■蘇った巨人
ラルフ・ファーマン(優勝2回/29点/ランキング4位)

4人目の勝者は、イギリス人のラルフ・ファーマン(PIAA NAKAJIMA)。
シーズン中盤までパッとしなかったファーマンは、第9、10戦と連勝、来季につながるであろう活躍をみせた。
昨年までは「Gフォース」で参戦、今季は心機一転チャンピオンチーム「PIAA NAKAJIMA」からレイナードで挑戦したファーマン。第2戦のもてぎでは、トップに立ちながらマシントラブルでリタイア。第8戦MINEでは、2番グリッドからのスタート、1コーナーでトップに踊り出て独走しながら、マシントラブルのため残り7周でリタイアと、マシントラブルに足を引っ張られ、「勝てるレース」を逃してきた。やっと本来の力を存分に発揮できたのが、第9戦もてぎだった。PIAA NAKAJIMAの中嶋悟監督は、このレース後、「想定していたラップタイムより0.5秒も速い。またトラブルが起こるのではないかとヒヤヒヤしていた」とコメント。残り2戦で掴んだ勝利だった。
中嶋監督は、最終戦に2002年シーズンの体制を発表。松田、ラルフのドライバーラインナップに変更はない。「蘇った巨人」ラルフが来期、どのようなパフォーマンスを見せるのか、楽しみだ。


立川祐路

■足りないものは「欲」
立川祐路(2位3回/30点/ランキング3位)

本山、服部に次いでシリーズランキング3位を獲得した立川祐路(Olympic KONDO)。「速いけど、安定しない」と言われ、リタイアが多かった昨年と較べ、今シーズンは完走率も格段に上がり、優勝こそできなかったが、2位3回、3位1回、4位2回、5位1回(合計30点)とコンスタントにポイントを重ねた。
Olympic KONDOで立川のマシンを担当した寺本エンジニアは、「スピード感覚がズバ抜けているし、レース勘もある。自分の速さに対して自信も持っている。しかし、まだ切羽詰ったところでの“何か”が足りないように感じる。貪欲さというか「欲」の部分がもっと強くなれば、恐ろしく速いドライバーになるばす」と、一番近い場所からレーサー立川を分析する。
来季、更なる飛躍のためには、自ら踏み出す一歩が必要なようだ。今後の活躍がもっとも楽しみなドライバーのひとりだ。

■そしてルーキーたち

2001年は、海外から3人、国内から2人のルーキーが参戦した。荒聖治(COSMO OIL CERUMO)は開幕戦でいきなり3位表彰台をゲット、土屋武士(ARTA)はルーキーであることを感じさせない存在感ある走りを見せ、表彰台にも3度あがった。海外勢も後半にかけて、徐々にその実力を見せつつあった。来季も期待できるメンバーたちだ。

2002年シーズンは、3月23、24日、鈴鹿で幕をあける。

(文&写真=KLM Photographics J)

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