プロストGP、解散へ

2002.01.30 自動車ニュース

プロストGP、解散へ

ロイター通信が伝えたところによると、資金難に陥っていたF1チーム「プロストGP」の解散が2002年1月28日に決まった。

プロストGPは、2001年11月22日にフランスはベルサイユの裁判所に破産を申し立て、裁判所の管轄のもと、2002年シーズンに間に合うよう大口スポンサーを探していた。しかし約2億フラン(34億円)の負債額に加え、競争力を失ったチーム体制は魅力的とはいえなかったか、救世主はあらわれず。裁判所は、チームオーナーのアラン・プロストと彼の弁護士に、会社を清算するよう宣告した。
従業員300名は職を失い、ドライバーのハインツ-ハラルド・フレンツェンは今季のシートを探さなければいけなくなった。フレンツェンは、アロウズチームで2002年シーズンを戦うのでは、とうわさされている。

ドライバーとして199戦に出場し、51勝(歴代2位)をあげ、4度のドライバーズタイトル(歴代2位タイ)を勝ちとったアラン・プロスト。緻密な作戦で数々の勝利をものにした“プロフェッサー(教授)”プロストだったが、チームオーナーとしての成功はつかめなかった。

歴代チャンピオンが自身のチームを結成した例は過去にもある。ジャック・ブラバム(1959、60、66年チャンピオン)が興した「ブラバム」、ジョン・サーティース(64年)の「サーティース」、エマーソン・フィッティパルディ(72、74年)の「フィッティパルディ」、ジャッキー・スチュワート(69、71、73年)の「スチュワート」(現ジャガー)など。このうち、66、67年にコンストラクターズタイトルを獲得したブラバムを除けば、目立って活躍したチームはないといっていい。優れたドライバーが、優れたチームオーナーになれるとは、必ずしもいえないようだ。

【プロストGP】
4回ワールドチャンピオンに輝いたアラン・プロストが、仏リジェチームを買収し、自身の名を冠したチームを立ち上げたのは1997年。初年度こそコンストラクターズ6位(21点)を獲得したものの、その後ズルズルとポテンシャルを下げ、メインスポンサーのゴロワーズ、そしてヤフーが相次いで撤退、財政難に陥ってしまった。加えて2001年シーズンは、高額なフェラーリ(の1年型落ち)エンジンを使ったことも影響し、チームの懐事情は冷え切ったものとなっていた。

(webCG 有吉)

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