“サラリーマンドライバー”篠塚建次郎、三菱を退社

2002.06.12 自動車ニュース

“サラリーマンドライバー”篠塚建次郎、三菱を退社

三菱パジェロを駆り、1997年の「ダカール-アガデス-ダカールラリー」(通称“パリダカ”)で日本人初の総合優勝を飾るなど、ラリーレイドを中心に活躍するドライバー、篠塚建次郎。彼が三菱自動車の社員であることは有名な話だが、2002年7月10日付けをもって同社を退職することが、2002年6月11日に明らかになった。

三菱自動車の発表によると、2002年3月に行われたクロスカントリー・ワールドカップ「第10回イタリアン・バハ」終了後、三菱は篠塚に「安全を最優先に考慮し、これまでのラリードライバーとしての経験を生かし、ラリーを強力に側面支援するチーム管理責任者などに転進」(リリース)するようすすめてきた。しかし篠塚は、「あくまで現役ドライバーとしての活動を続けたい」(同)と主張。結果、「円満退社の運びとなりました」(同)。

2002年1月、篠塚の後輩ともいえる増岡浩が初めてパリダカを制した。三菱は、篠塚より10歳以上年下の増岡に今後を託し、53歳の篠塚には引退を促した、ということだろう。
篠塚は次のようなコメントを残している。「三菱チームでは増岡浩が育った。チームからは管理責任者などへの転進の話もあったが、自分としてはあくまでも現役のドライバーとして新しい可能性を求めて退職の道を選択した。自分の思う人生に向かって挑戦して行きたい」。
なお、篠塚の今後の活動については発表されていない。

【しのづかけんじろう】
1948年11月20日、東京・大田区生まれ。1971年、三菱自動車に入社。宣伝、営業、商品企画、海外関係の業務のかたわら、 1991年、1992年WRC(世界ラリー選手権)アイボリーコーストラリーで2連勝、1997年パリ・ダカールラリーでは日本人初の総合優勝を果たすなど国内外のラリー競技で活躍。その後、パリ・ダカをはじめとするクロスカントリーラリーへの参戦に専念する為、2000年からMMSE(欧州三菱自動車販売株式会社)パリ支店に勤務。2002年パリ・ダカールラリーでは総合3位に入賞。
ちなみに奥さんは、俳優、三浦友和の実のお姉さん。

(webCG 有吉)

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