【ルマン24時間】アウディ、3連覇へ自信

2002.06.15 自動車ニュース

【ルマン24時間】アウディ、3連覇へ自信

第70回ルマン24時間レースを翌日に控えた2002年6月14日午後3時、アウディは自らのホスピタリティテントでプレスコンファレンスを開いた。
アウディスポーツのDr.ウォルフガング・ウルリッヒ代表を筆頭に、テクニカルディレクターのラルフ・ヨットナー、チームヨースト代表のラインホルト・ヨースト、ワークス3チームのドライバー9名がステージ上に勢揃いし、それぞれ経過報告とレースへの豊富を語った。
また、ゲストとしてこの席に招待された往年の名ドライバー、マリオ・アンドレッティには大きな拍手が送られた。

まず口を開いたのは、ウルリッヒ代表だった。
「2000年、2001年と勝利を収めることができたので、今年はハットトリックを狙っている。ルマン24時間レースで他のチームがハットトリックを達成するのは約20年ぶりのことになるから、全力を投入する。予選中、カーナンバー3(クルム/ペーター/ヴェルナー組)がスピンしたり、カーナンバー2(カペッロ/ハーバート/ペスカトーリ組)のクラッチが壊れたりしたが、大したことはなかった。すべて予定通りに進んでいる」
ふだんの発言では慎重な言葉遣いをするウルリッヒだが、予選結果と準備によほどの自信を持っているのだろう。

約20年前にルマンで初勝利を飾り、ルマンの裏も表もわきまえているラインホルト・ヨーストの言葉は少し違う。
「ライバルたちは手強いから、エキサイティングなレースが展開されることだろう。しかし、我々はつねに万全の態勢でレースに臨んでいる。いま必要なのは、少しの幸運だけだ」 

ポールポジションを獲得したリナルド・カペッロは、ポールポジション自体はそれほど重要じゃないがと前置きしながら、重要なのはレースをいかに走るかだと強調する。「3分30秒の壁を破れたのは光栄なことだ。しかし、大事なのは日曜日の午後4時に問題なく走っているか、それもどこのチームよりも長い距離を、だ」

2番手の予選タイムを記録した、日本でもおなじみのトム・クリステンセンは、同じチームメンバーでハットトリックを実現できればいいという。クリステンセンは、フランク・ビエラ、エマヌエーレ・ピッロと組む。

ミハエル・クルム、フィリップ・ペーター、マルコ・ヴェルナー組は3番手。第1セッションのシケインでスピンしてしまったヴェルナーは、自戒を込めて語っていた。
「黄旗が振られているセクションではリスクを犯さず、そして暗くなっても、多くのマシンと混走する状況でも、コンスタントなラップを刻むように努力したい」

出席者への質疑応答となり、挙手したのはなんとあの自動車ジャーナリズム界の“世界遺産”、ポール・フレール先生。
「ガソリン直噴エンジンの開発はどう進んだのですか」
答えたのは、ヨットナー。
「FSIエンジンは昨年初めてレースに投入したが、ルマンのようなレースでこそ、その利点を生かすことができます。長距離耐久レースでは、燃費に優れているということはピットストップの回数を減らすことにつながり、とても有利です。今年のエンジンは、昨年型の燃焼システムを改良し、トルクバンドを拡げることに成功しました」

次の質問は、来年以降のルマンプロジェクトの予定について。パドックで流布している噂では、来年はワークスチームが撤退し、プライベートチームへのマシンレンタルに移るのではないかという。その種の噂には尾ひれが付いていて、ワークス活動はベントレーに一任し、アウディスポーツはいよいよF1に進出するのではないかという、ちょっと荒唐無稽なものだ。先頃、フォルクスワーゲングループの会長に就任したベルント・ピシェッツリーダーがF1プロジェクトにゴーサインを出したというのだ。
F1に興味のなかったフェルディナンド・ピエヒの後を継いだピシェッツリーダーは、BMWの会長時代にウイリアムズチームに供給するF1エンジン開発承認のサインをした人物だから、というのが噂の根拠となっている。

それはともかくとして、予選タイム、チームの勢い&態勢、ドライバーの志気等々、盤石のコンディションでルマン3連覇に臨むアウディチームだった。

(リポート&写真=金子浩久)

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チームゴウは、ダルマを持ち込んで優勝を祈願。左から、加藤寛規、アウディジャパンのヨハン・ダ・ネイスン社長、チームオーナー兼監督の郷和道、ヤニック・ダルマス、そして荒聖治。

チームゴウは、ダルマを持ち込んで優勝を祈願。左から、加藤寛規、アウディジャパンのヨハン・ダ・ネイスン社長、チームオーナー兼監督の郷和道、ヤニック・ダルマス、そして荒聖治。

1978年のF1チャンピオン、往年の名ドライバーであるマリオ・アンドレッティ(左)と筆者。ルマンではかつてフォード・マークIVなどを駆り活躍、1995年の2位が最高位。

1978年のF1チャンピオン、往年の名ドライバーであるマリオ・アンドレッティ(左)と筆者。ルマンではかつてフォード・マークIVなどを駆り活躍、1995年の2位が最高位。

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