第150回:【Movie】こんなクルマ動画はどうでしょう? 1959年のルマン24時間レース「アストンDBR1」編

2012.06.15 エッセイ

第150回:【Movie】こんなクルマ動画はどうでしょう?ルマン24時間レース 1959年の勝者「アストン・マーティンDBR1」編

今回の「動画どうでしょう」は、ルマンウイークということでもう一編、24時間レースの名場面を紹介したいと思います。前回の「ポルシェ956」(1982年)からさかのぼること23年、1959年に勝利した「アストン・マーティンDBR1」の勇姿です。

アストン・マーティンとルマン24時間レースの関係は古く、資料によれば、初参戦は第二次世界大戦前の1931年だそうです。戦後は1949年に「2リッタースポーツ」、すなわち後に「DB1」と呼ばれることになるスポーツカーでレーストラックに復帰しました。車両は「DB2」「DB3S」と進化して、1959年の「DBR1」で念願のルマン制覇を成し遂げました。

アストン・マーティンの1959年の勝利は、もう一つの事実によって、クルマ好きの間で深く、長く記憶されることになりました。その事実とは、ドライバーの一人があのキャロル・シェルビー氏だったことです。

「ACコブラ」やマスタング・ベースの「シェルビーGT350」など、数々の名レーシングカーを生み出したシェルビー氏は、レーシングカーデザイナーとしてのキャリアが有名ですが、1958年から1959年までのわずか2年間だけプロフェッショナルのレーサーとして活躍し、ルマン24時間レースだけでなくF1にも乗りました。この動画にも30代半ばの、若きシェルビー氏が登場します。

そんなシェルビー氏も、今年のルマン24時間レースを見ることなく、2012年5月10日に逝去されました。満89歳でした。そして1959年にDBR1で共に戦ったもう一人のドライバー、ロイ・サルヴァドーリ氏も、御年90歳で2012年6月3日に亡くなられたそうです。お二人のご冥福をお祈りいたします。

半世紀前のルマンを、奇跡的に美しい画質でお楽しみください。

作品名:『Aston Martin - 1959 Le Mans Tribute』(無声)
時間:2分00秒

(webCG 竹下)


Aston Martin - 1959 Le Mans Tribute

シェルビー&サルヴァドーリ組の「アストン・マーティンDBR1」。
シェルビー&サルヴァドーリ組の「アストン・マーティンDBR1」。
まるで映画スターのような二枚目のシェルビー氏。決勝日にサーキット入りする場面だろうか。
まるで映画スターのような二枚目のシェルビー氏。決勝日にサーキット入りする場面だろうか。
1959年、アストン・マーティンは「フェラーリ250GT」軍団を退け、「DBR1」で1-2フィニッシュを決めている。
1959年、アストン・マーティンは「フェラーリ250GT」軍団を退け、「DBR1」で1-2フィニッシュを決めている。
チェッカードフラッグを受ける「DBR1」。この頃のルマンは空が広い!
チェッカードフラッグを受ける「DBR1」。この頃のルマンは空が広い!

この記事の大きな画像を見るためには、画像ギャラリーをご覧ください。

「エディターから一言」の過去記事リストへ