中国メーカーのブース紹介(前編)【北京モーターショー2012】

2012.04.25 自動車ニュース
吉利が初公開した小型SUV「全球鷹GX7」。
中国メーカーのブース紹介(前編)【北京モーターショー2012】

【北京モーターショー2012】中国の独立系メーカー「吉利」「奇瑞」「BYD」、それぞれの戦略

2012年4月23日に開幕した北京モーターショー。地元の中国メーカーは84台もの新型車を初公開した。中国車のデザインや質感はここ数年で急速に向上し、日本メーカーの脅威に育ちつつあるように見える。だが、会場で各社のブースを回ってみると、中国メーカーが抱えている悩みも垣間見えてきた。注目モデルの紹介とともに、2回に分けてリポートする。

吉利ブースに展示されていた「英倫SC7-RV」はロンドンタクシーがモチーフ。
吉利ブースに展示されていた「英倫SC7-RV」はロンドンタクシーがモチーフ。
吉利が開発中の小型セダン「全球鷹GC6」。デザインの完成度は高い。
吉利が開発中の小型セダン「全球鷹GC6」。デザインの完成度は高い。

■「品質」をアピールして攻勢かける吉利

中国メーカーには、歴史や成り立ちの違いから大きく2つの流れがある。中国政府の産業政策によって重点的な育成が図られている大手国有メーカーと、それ以外の独立系メーカーだ。
大手国有メーカーはかつては外資系メーカーとの合弁事業が主力で、独自ブランド車の開発には出遅れた。その隙を突いて急成長したのが、吉利(ジーリー)、奇瑞(チェリー)、BYDに代表される独立系メーカーである。外資とは合弁せず、自社開発した自社ブランドのクルマだけを生産販売していることから「自主開発メーカー」とも呼ばれている。

まずは独立系のブースから見ていこう。今回の北京ショーで最も「進化」を感じさせたのは吉利だ。2010年にスウェーデンのボルボをフォードから買収したことで一躍有名になった同社は、もともと「ダイハツ・シャレード」のコピー車から出発した激安車メーカーだった。ところが、創業トップの李書福(リーシューフー)会長が3年ほど前に経営方針を大転換。「高い品質、安全性、環境性能を備えたグローバルメーカーに脱皮する」と宣言し、激安車の新規開発をやめて、より高級な路線にシフトし始めたのだ。

2011年の吉利の販売台数は約42万台と、前年比ほぼ横ばいだった。しかし激安車の販売が縮小する一方、新世代車の第一弾である小型セダン「帝豪EC7」の販売が10万台近くまで伸びており、大健闘と言えるだろう。

今回の北京ショーでは「品質の吉利」をスローガンに掲げ、消費者の関心が高い小型SUVの新型車「全球鷹GX7」を投入してきた。外観はちょっとトヨタの「RAV4」に似ている気もするが、吉利によれば同社の研究開発センターとイタリアのイタルデザイン・ジウジアーロが共同でデザインしたという。展示車を見る限り内外装の質感もまずまずで、かつての激安車の面影はない。その他の展示車もデザインの完成度が大きく高まっていた。GX7がヒットすれば、吉利は「安かろう悪かろう」のブランドイメージを払拭できるかもしれない。

奇瑞の大型SUVコンセプトモデル「TX」。
中国メーカーのブース紹介(前編)【北京モーターショー2012】

■多ブランド戦略を修正、再起かける奇瑞

吉利とは対照的に、ブランドイメージの転換に苦しんでいるのが奇瑞だ。同社も最初は激安コピー車から出発したが、吉利よりも数年早く脱コピー車に着手。内外装の独自デザインだけでなく、車台やエンジンの自社開発にも力を入れてきた。しかし、開発コストをかけた新車をコピー車と同じ価格帯で売ったら利益が出ない。そこで、奇瑞のほかに瑞麒、威麟などの新ブランドを立ち上げ、高級路線へのシフトを目指していた。

ところが、今回の北京ショーでは奇瑞ブースの壁面から瑞麒と威麟のロゴが消えていた。これは多ブランド戦略が事実上失敗し、本来の奇瑞ブランドで再起を図るという意思の表れだろう。戦略の失敗は販売実績にはっきり表れている。2011年の中国国内での販売台数は約48万台と、前年(約59万台)より2割近くも落ち込んでしまった。このうち瑞麒と威麟の販売台数はわずか3万台強にとどまった模様だ。

北京ショーのブースでは大型SUVのコンセプトモデル「TX」を大々的にアピールしていたが、市販化の時期は未定のようだ。市販車の新型車は既存車種のビッグマイナーチェンジのようなものばかりで、率直に言って魅力に欠けた。「瑞麒G2」という小型ハッチバックが初公開だったことに後で気がついたが、筆者はその存在に気付かず写真を撮り忘れたほど。奇瑞の悩みは深そうである。

BYDの新世代プラグインハイブリッド「秦」。
BYDの新世代プラグインハイブリッド「秦」。
BYDの小型セダン「F3速鋭」。コピー車の域を出ていない。
BYDの小型セダン「F3速鋭」。コピー車の域を出ていない。

■コピーメーカーの限界を感じるBYD

BYDは奇瑞よりもさらに厳しい状況に追い込まれている。同社は、携帯電話向けリチウムイオン電池で大成功を収めた創業トップの李傳福(リーチュアンフー)会長が、EV時代の到来を見越して2003年に自動車事業に参入。その後、「トヨタ・カローラ」のコピー車といわれる小型セダン「F3」が大ヒットし、2010年の販売台数は約52万台と吉利や奇瑞を抜いて一躍自主開発メーカーのトップに立った。

ところが、「F3」の衝突安全性の問題が中国メディアに大きく取り上げられたり、過剰な販売ノルマに反発したディーラーが集団で離脱したりした影響で、BYDの勢いは失速。販売担当トップの辞任など経営の混乱も加わり、2011年の販売台数は45万台と減少に転じてしまった。

脱コピー車にかじを切った吉利や奇瑞と異なり、BYDはある意味で確信犯的にコピー車を出し続けてきた。コピーに徹することで開発費を抑え、移動手段としてだけなら十分なクルマを競合メーカーより低価格で提供することで、地方都市など所得水準の低い地域で販売を急速に伸ばしたのである。だが、先に述べたようなトラブルの続発でブランドイメージが傷つき、巻き返しの糸口が見えない状況に陥っている。

BYDの苦境は北京ショーの展示にも表れていた。新世代のプラグインハイブリッドをうたう「秦」を初公開したものの、その外観は「F3」のフェイスリフトに過ぎず、新鮮さは感じられない。もう1台の初公開車の「F3速鋭」も、その名の通り「F3」の派生車にすぎない。コピーメーカーの限界は、自力でフルモデルチェンジができないことにある。どんなに苦労しても自前の技術力を地道に磨くことが、やはり自動車メーカーが生き残るための王道なのだろう。

(文と写真=岩村宏水)

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