佐藤琢磨が日本へ凱旋、インディカー初優勝を報告

2013.04.28 自動車ニュース
2013年4月21日に決勝が行われた、IZODインディカー・シリーズ第3戦「グランプリ・オブ・ロングビーチ」の様子。
2013年4月21日に決勝が行われた、IZODインディカー・シリーズ第3戦「グランプリ・オブ・ロングビーチ」の様子。

佐藤琢磨が日本へ凱旋、インディカー初優勝を報告

「IZODインディカー・シリーズ」で日本人初優勝を遂げた佐藤琢磨が、日本へ帰国。2013年4月26日に、東京のHondaウエルカムプラザ青山において記者会見を行った。


 

Hondaウエルカムプラザ青山にて、優勝を報告する佐藤琢磨選手。
Hondaウエルカムプラザ青山にて、優勝を報告する佐藤琢磨選手。
トップを奪取してからは、ライバルにオーバーテイクボタンを使われる1秒以内に差を詰められないよう注意を払ったという。
トップを奪取してからは、ライバルにオーバーテイクボタンを使われる1秒以内に差を詰められないよう注意を払ったという。

■「長らくお待たせしました」

佐藤選手が優勝したのは、2013年シーズンのIZODインディカー・シリーズ第3戦「グランプリ・オブ・ロングビーチ」(決勝:4月21日)。日本人によるインディカー優勝はこれが初めてで、自身にとって参戦4年目、52戦目での快挙達成となった。

記者会見の席に着いた佐藤選手は、開口一番に「長らくお待たせしました」とあいさつ。「4年目にしてようやく頂点に立てた。これからブラジル、インディアナポリスとレースが続き、なかなか日本に帰ってこられないので、今日報告できたことをうれしく思う」と続けた。

また初優勝までのインディでの戦いについて、「52戦と一言で言っても、その中にいろいろなドラマがあった。昨シーズンのインディ500やエドモントンのように、これまでにも何度か『あと少しで優勝』という瞬間はあったし、中でも昨年のインディ500(最終ラップまで優勝争いをするも、コースアウトにより17位)は、非常にいい経験になった。チームの立ち上げメンバーに自分を選んでくれたレイホール・レターマン・ラニガン・レーシング(昨年の所属チーム)や、『うちで走らないか』と今年誘ってくれたA.J.フォイト・レーシングに感謝したい」と、自身の4年間を振り返った。

 


佐藤琢磨が日本へ凱旋、インディカー初優勝を報告の画像
海沿いのダウンタウンに設けられた全長1.968マイルのコースについて、1コーナーでのアクシデントの多さや、オーバーテイクの多い特性を、2001年に優勝したマカオグランプリのコースに例えて表現。
海沿いのダウンタウンに設けられた全長1.968マイルのコースについて、1コーナーでのアクシデントの多さや、オーバーテイクの多い特性を、2001年に優勝したマカオグランプリのコースに例えて表現。

■メジャーレースでの勝利はこれが12年ぶり

佐藤選手にとって今回の勝利は、自身にとってのインディ初優勝であると同時に、2001年のF3マカオグランプリ以来、12年ぶりのメジャーレースでの勝利となる。

イエローフラッグによって優勝が決定的となった最終ラップについて尋ねられると、佐藤選手は「最終ラップは僕もドキドキしたけど、それまでは『もう1スティントあってもいい』と思うくらい、本当にレースが楽しかった」と回答。「もちろんホワイトフラッグ(ドライバーにファイナルラップを知らせる白旗)を見たときは緊張したし、最終周はコースの縁石を踏まないようにそっと走った。喜びを爆発させたいけど、それを抑えなければいけないというムズムズとした気持ち良さを久しぶりに感じた」と述べた。
またチェッカーを受けた後のことについても、「大はしゃぎしていたけど、安ど感もあった。ずっと応援してくれていたファンやスポンサーに感謝しつつ、『レースって本当に楽しいな』『みんな見ていてくれたかな』ということまで考えていた」と、ウイニングランやウイニングパレードの記憶を振り返った。

さらに、レース終了後にチームオーナーのA.J.フォイトと交わした電話について、「フォイトは手術前だったのでロングビーチのピットにはいなかったが、テレビ観戦で『1周1周ずっと見ていた』と言ってくれた。『お前を誇りに思う』と言うフォイトに、『チャンスをくれて、本当に感謝している』と答えた」と、その内容を明かした。

 

記者会見にて、Hondaウエルカムプラザ青山のスタッフから花束を渡される佐藤選手。
記者会見にて、Hondaウエルカムプラザ青山のスタッフから花束を渡される佐藤選手。

佐藤琢磨が日本へ凱旋、インディカー初優勝を報告の画像

■今シーズンのコンディションに手ごたえ

今シーズンの佐藤選手の成績は、初戦のセント・ピーターズ・バーグが8位、第2戦のアラバマが14位、そして今回のロングビーチが1位。シーズン3戦目の段階で、ドライバーズランキングは、エリオ・カストロネベスに次ぐ2位につけている。

昨シーズンまでと今シーズンとの違いについて、佐藤選手は「インディはこう戦うもの、というイメージが、1レースだけではなく、シーズンというスパンでもわかってきた」と説明。所属するA.J.フォイト・レーシングについても、「どこのサーキットでも安定している」と評した。
「基本のセットアップが良いので、各サーキットでセッティングを煮詰めるときに、いろんなことが試せる。冒険して失敗しても、ぶれない芯があるからすぐにもどせる。これがないマシンだと、いろんなセッティングを試してみても、なんで速いのか、なんで遅いのかさえわからない。あとはボタンを掛け違えることなく、ノーミステイク、ノーバッドラックで走り、チームが素晴らしいサポートをしてくれれば、また優勝できるはず」

また、36歳という年齢や若手の台頭について問われると、「20代の選手にかなわない部分があるのは確か。フィジカルについては僕もトレーニングと同時にケアが必要な年になったが、それでも20代の頃より、メンタルもフィジカルも強くなったように感じている」と回答。長年レース活動を続けられた要因については「勝ちたいと思い続けてきたことが、心の支えになっている。また、東日本大震災の復興のために活動している人や、世界の舞台へと飛び出してきた日本のアスリートの姿にも励まされ、ここまで頑張ってこられた。今回の勝利のニュースが、少しでも日本の元気につながればいいと思う」とコメントした。

 

4月に開催されたスーパーフォーミュラの初戦にて、鈴鹿サーキットを走る佐藤選手。「スーパーフォーミュラのマシンは、路面のきれいな日本のサーキットに合わせて繊細に造られており、オーバルのセッティングでロードコースを走るような感覚」とのこと。
4月に開催されたスーパーフォーミュラの初戦にて、鈴鹿サーキットを走る佐藤選手。「スーパーフォーミュラのマシンは、路面のきれいな日本のサーキットに合わせて繊細に造られており、オーバルのセッティングでロードコースを走るような感覚」とのこと。
初開催は1911年という、長い伝統を誇る「インディ500」。F1のモナコグランプリ、ルマン24時間耐久レースと並び、世界3大レースのひとつに数えられる。
初開催は1911年という、長い伝統を誇る「インディ500」。F1のモナコグランプリ、ルマン24時間耐久レースと並び、世界3大レースのひとつに数えられる。

■日本での活躍にも期待がかかる

なお、今年佐藤選手は、インディカー・シリーズと並行して、日本のスーパーフォーミュラ(旧フォーミュラ・ニッポン)シリーズにも参戦している。
このことについて問われると、「(レーシングドライバーは)ひとつのシリーズに集中するのが当然」としつつ、「今回は感覚がくるう危険より、スーパーフォーミュラに参戦することで得られるものの方が多いと思って決めた」と説明。「F1でもインディでも、マシンやコースは毎戦違うので、それに素早く順応する能力が重要。自分の軸がしっかりしていれば、他のカテゴリーのマシンに乗るのは大事なこと」と述べた。
また、通常はこうしたケースを嫌うチームオーナーのA.J.フォイトも、佐藤選手のスーパーフォーミュラ参戦を快諾したとのこと。
「フォイトは、インディだけでなくナスカーやルマンでも優勝経験がある人物だけに、『ドライバーはハンドルを握れば握るほどいい』という考えの持ち主。(スーパーフォーミュラに参戦したいという)自分の考えを伝えたら、『そんなのは当たり前のことだ』と言ってくれた。昨年所属していたレイホール・レターマン・ラニガン・レーシングでは、こうはいかなかっただろう」

さらに、2011年が最後の開催となったインディ・ジャパンについても触れ、「一緒に走っている選手はみんな日本好きだし、『もてぎ(ツインリンクもてぎ)のオーバルはチャレンジングでいい』と言ってくれている。いろんなハードルはあるけど、僕が走れるうちに、もう一度走りたい」と述べた。

インディカー・シリーズの次戦は、2013年5月5日のブラジル・サンパウロ。そして5月26日には伝統の「インディ500」ことインディアナポリスが控えている。

一方、スーパーフォーミュラの次戦は6月1日~2日に開催されるオートポリス。アメリカはもちろん、佐藤選手の日本での活躍にも期待したい。

(webCG 堀田)  

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