第183回:プレミアムカーを日本から 
競争の時代を生き抜く、日産栃木工場の取り組みを知る

2013.05.20 エッセイ

安価な生産コストを武器に、急速に成長を遂げる海外の生産拠点。激化する競争の中で、日本の製造現場はどのような取り組みを行い、どこに活路を見いだそうとしているのか。

この日の主役である新型セダンの「インフィニティQ50」。新開発のステアリング・バイ・ワイヤーや2クラッチハイブリッドなどといった技術がてんこ盛りの、日産渾身の一台。
この日の主役である新型セダンの「インフィニティQ50」。新開発のステアリング・バイ・ワイヤーや2クラッチハイブリッドなどといった技術がてんこ盛りの、日産渾身の一台。
「Q50」のラインオフに際し、栃木工場の従業員へ向けて「これまでの成果に自信を持ってください。素晴らしい仕事をしてくださった皆さんに感謝するとともに、これからに期待しています」と語るカルロス・ゴーンCEO。
「Q50」のラインオフに際し、栃木工場の従業員へ向けて「これまでの成果に自信を持ってください。素晴らしい仕事をしてくださった皆さんに感謝するとともに、これからに期待しています」と語るカルロス・ゴーンCEO。

栃木に位置するプレミアムカーの故郷

建屋内に設置されたステージの上、白いスモークの向こうからメタリックグレーの高級セダンが登場する。助手席から姿を現したのは、ルノー・日産アライアンスのカルロス・ゴーンCEOだ。
これは2013年5月14日に、日産の栃木工場で行われた「インフィニティQ50」のラインオフ式の様子である。

「いきなりインフィニティQ50なんて、なじみのないクルマの話をされても……」などと言うことなかれ。確かに聞きなれない車名だが、その実はミドルサイズモデル「インフィニティG」の後継車種、要するに次期型「日産スカイライン」だ。
先達(せんだつ)にあたるGシリーズは、インフィニティのラインナップのなかでも長年にわたり販売台数ナンバーワンであり続けた存在であり、Q50のデビューは、このブランドにとって失敗が許されない基幹車種のフルモデルチェンジにあたる。
さらに言うと、インフィニティは現在、ブランドの地位向上を目指して改革の真っ最中。これまで「M」「G」「FX」「EX」……とバラエティーに富んでいた車名は、セダンとクーペが「Q」シリーズ、SUVが「QX」シリーズに順次統合される予定で、今回のQ50はその第1弾となるのだ。

このように、メーカーの期待と注目を一身に背負ったQ50。そんなニューモデルを生産するのが、今回訪れた日産の栃木工場である。

「Q50」の門出を見守る、栃木工場の従業員たち。
「Q50」の門出を見守る、栃木工場の従業員たち。
ディズニーランド6個分という、広大な敷地を誇る日産栃木工場。施設の周囲を、全長6.5kmにおよぶ長大なテストコースが囲っている。
ディズニーランド6個分という、広大な敷地を誇る日産栃木工場。施設の周囲を、全長6.5kmにおよぶ長大なテストコースが囲っている。

栃木工場の操業スタートは今をさかのぼること45年前の1968年で、1971年には当時のフラッグシップモデルである「セドリック/グロリア」の生産を開始。以降、「シーマ」(1988年)、「スカイライン」(2000年)、「GT-R」「インフィニティEX」(2007)と、古くから日産車の中でも利益率の高い車種の生産を中心に手掛けてきた。敷地面積は約293万平方メートルと広大で、パートや期間従業員も含め、総勢4830人の従業員が勤務する。生産能力は年間25万台を誇り、完成車のほかにも、他の工場へ納品するエンジンやアクスルなどの生産も行っている。

現在では「フェアレディZ」やGT-Rといった一部の日産車のほか、インフィニティブランドのマザー工場として、G(スカイライン)やM(フーガ)、QXなどといった幅広い車種の製造を担当。出荷されるクルマの仕向け地は、国内:海外=1:9と海外が圧倒的に多く、当然ながら、最近までは1ドル=75~80円という超円高の影響をまともに受け、苦境に立たされていた。

為替相場が、ゴーン氏いわく「(栃木工場が)勝負できる土俵に立てる水準」の1ドル=100円台に入り、ようやく一息ついた感のある同工場だが、もちろん従業員の皆さんも円高の下で無為に過ごしていたわけではない。中国や北米などでの海外生産が進み、同じ日産グループ内にもライバルが現れるようになった時代を勝ち抜くため、最も厳しい時期にいろいろと頑張ってきたのだ。

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