ランボルギーニ・ガヤルドLP560-2 50° アニヴェルサリオ(MR/6AT)

今も新鮮なヒット作の最終章 2013.09.09 試乗記 デビューから11年目に入り、モデルライフの最終章にある「ガヤルド」。しかし、その走りの切れ味は今なお新鮮だ。ランボルギーニの創業50周年を祝うスペシャルモデルで、ワインディングロードに挑んだ。

覚悟をもって乗る車

まなじり決して、というほど大げさな話ではないが、かつてのいわゆる“スーパーカー”に接するにはそれなりの覚悟が必要だった。今でもこのような特別な車を目の前にすると、若手編集部員の頃、すごい車に乗るチャンスが回ってきて飛び上がったのと同時に冷たい汗が流れたことを思い出す。もちろん今も高性能車に乗る時には気を引き締めるけれど、その緊張感の中身は大きく違う。何しろ、恐るべき高性能と非現実的な値段に恐れをなす、というよりその前に、神経をつかわなければならないことがわんさとあったからだ。
ガレージからそのまま見通しの良い広い道路へ出ていけるような恵まれた環境なら別だが、日本だろうがイタリアだろうが、現実の路上にはスーパーカーにとっての“トラップ”が無数にある。つまり低い車高、視界の悪さ、乗り降りの厄介さ、さらには不自然なドライビングポジション、重いクラッチにシフトレバーなどなど、安心してスロットルペダルを踏み込む前に、現在の常識からは想像できないぐらいの気がかりが待ち受けていたのだ。
ご存じのように1990年代に入ると、老舗スポーツカーメーカーも日常的な使いやすさを考慮するようになったが(「ホンダNSX」の影響大である)、ランボルギーニはまだ「ディアブロ」の時代で、疾風怒濤(どとう)のV12エンジンの存在感の前には、日常的な実用性やエルゴノミクスなどは枝葉末節でしかなかった。

悪夢のような実用性のエピソードをひとつ紹介する。これも昔のことだが、取材のためにテストドライバーが運転する某スーパーカー(イタリアだが、ランボルギーニではない)に同乗中、道を間違った彼が車を後退させて斜め後ろをぶつける瞬間を経験したことがある。その瞬間のドライバー氏のなんとも言えない呻(うめ)き声と、それまでの楽しい会話とは打って変わって、工場に急ぎ戻る間の、狭い室内の重い雰囲気は、長いこと忘れられなかった。同時に、毎日その車に接して隅々まで知っているはずのプロドライバーでさえ、ちょっとした不注意で簡単にガリッとやってしまうんだ、と心に刻んだのだった。あいつ、きっと怒られただろうなあ。

開けたオープンロードへ出たとしても油断してはいけない。あの当時のスーパーカーはお世辞にも完成度が高いとは言えなかったからだ。実際、ディアブロの初期モデルで高速道路を走行中、カラカランと何かが外れる音が聞こえて慌ててパーキングエリアに入ったら、助手席足元にどこかから落ちたボルトが2本転がっているのを発見したこともある。まあ、結局その時は何事も起こらなかったが、今は懐かしい谷田部のテストコースで他の車をテスト中、ウインドシールドが外れそうになったこともある。要するにそういうことも覚悟して、常に緊急連絡先を頭の片隅に置いておかなくてはならない、野性味あふれる車だったのである。

ランボルギーニの創業50周年を記念して、90台以下が全世界向けに限定生産される。後輪駆動仕様のみ。パフォーマンスの向上とイタリアンクラフトマンシップによるきめ細かな仕上げが見どころ。
限定車であることを示すプレート。ダッシュボード上面の左隅(運転席側)に取り付けられている。
内装材として、人工皮革スエード素材のアルカンターラがふんだんに用いられる。
ルーフライニングもアルカンターラ。赤いステッチが入る。
カーボン製のウイングがリアビューをスポーティーに引き締める。

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