第248回:日仏合同の生誕50周年記念イベント開催
「日野コンテッサ1300」と「R8ゴルディーニ1100」の関係は?

2014.07.08 エッセイ
去る2014年4月20日に静岡県沼津市のニューウェルサンピア沼津で開かれた「日野コンテッサ1300」と「ルノー8ゴルディーニ1100」の生誕50周年記念合同ミーティング。16台のコンテッサ1300と5台のR8ゴルディーニ、ほかアルピーヌなどを合わせて約30台が集まった。
去る2014年4月20日に静岡県沼津市のニューウェルサンピア沼津で開かれた「日野コンテッサ1300」と「ルノー8ゴルディーニ1100」の生誕50周年記念合同ミーティング。16台のコンテッサ1300と5台のR8ゴルディーニ、ほかアルピーヌなどを合わせて約30台が集まった。

このところ毎年、何らかのモデルの生誕50周年が祝われている。例を挙げれば、昨年は「ポルシェ911」の生誕50周年記念イベントが世界中で開催され、今年は4月のニューヨークオートショーにおける新型のデビューと前後して、「フォード・マスタング」の50周年イベントが全米各地で開かれた。
911やマスタングのような今日まで継続生産されている人気車種ともなればイベントの規模もケタ違いだが、そうでない車種であっても、熱心な愛好家によって、さまざまなメモリアルイベントが開かれている。

1946年に登場した「ルノー4CV」。モノコックの4ドアセダンボディーのリアに、760cc(50年から748cc)の直4 OHVエンジンを搭載、3段MTを介して後輪を駆動する。本国では61年までに110万台以上が作られ、フランス車初のミリオンセラーとなった。
1946年に登場した「ルノー4CV」。モノコックの4ドアセダンボディーのリアに、760cc(50年から748cc)の直4 OHVエンジンを搭載、3段MTを介して後輪を駆動する。本国では61年までに110万台以上が作られ、フランス車初のミリオンセラーとなった。
1957年「日野ルノー」。53年に生産開始し、この57年型から本国仕様と異なる独自のフロントグリルを備える。本来の全長は3610mmだが、当時の法規では3.8mを境に制限速度が異なったため、ボディーとバンパーの間にスペーサーをかませて全長を延長。63年までに3万5000台弱が作られ、小型タクシーにも数多く使われた。
1957年「日野ルノー」。53年に生産開始し、この57年型から本国仕様と異なる独自のフロントグリルを備える。本来の全長は3610mmだが、当時の法規では3.8mを境に制限速度が異なったため、ボディーとバンパーの間にスペーサーをかませて全長を延長。63年までに3万5000台弱が作られ、小型タクシーにも数多く使われた。
1956年にデビューした「ルノー・ドーフィン」。全長3940mmと「4CV」よりふたまわりほど大きいボディーのリアに積まれるエンジンは845ccまで拡大された。対米輸出にも力を入れており、68年までの総生産台数は215万台を超える。
1956年にデビューした「ルノー・ドーフィン」。全長3940mmと「4CV」よりふたまわりほど大きいボディーのリアに積まれるエンジンは845ccまで拡大された。対米輸出にも力を入れており、68年までの総生産台数は215万台を超える。
1961年に誕生した「日野コンテッサ900」。全長3795mmと「4CV」よりひとまわり大きくなったボディーは控えめなテールフィンを持ち、当時の日本車らしくアメリカ車の影響も感じられる。基本的なレイアウトは4CVから受け継ぐが、リアサスペンションは改められ、エンジンは新設計の893cc。
1961年に誕生した「日野コンテッサ900」。全長3795mmと「4CV」よりひとまわり大きくなったボディーは控えめなテールフィンを持ち、当時の日本車らしくアメリカ車の影響も感じられる。基本的なレイアウトは4CVから受け継ぐが、リアサスペンションは改められ、エンジンは新設計の893cc。

瞳の色が異なるいとこ

そんなイベントのひとつが、去る4月に静岡県沼津市で開かれた「日野コンテッサ1300」と「ルノー8ゴルディーニ1100」の生誕50周年記念合同ミーティングである。
現在は大型車専門メーカーである日野が、かつて生産していた小型乗用車であるコンテッサ1300と、ルノーの小型セダンだったルノー8(R8)を、アメディ・ゴルディーニが高度にチューンしたR8ゴルディーニ1100。どちらもさかのぼること半世紀、東京オリンピックの開かれた1964年生まれというわけだが、合同誕生会が企画された理由はそれだけではない。かたや日本、かたやフランス生まれのこの2台は、実はルーツが同じなのだ。

そのルーツとは、戦後間もない1946年に生まれたリアエンジンの小型セダン「ルノー4CV」。61年の生産終了までに110万台以上が作られ、戦後ルノーの礎を築いた傑作である。R8ゴルディーニ1100はわかるが、なぜコンテッサ1300のルーツも4CVなのかというと、日野は53年から63年までの10年間にわたって4CVを「日野ルノー」の名でライセンス生産していたからだ。大型車専門メーカーだった日野は、50年代に乗用車市場に進出するにあたってルノーと技術提携を結び、4CVの国産化を通じて乗用車づくりを学んだのである。

本国では1956年に4CVを拡大してアップデートした「ルノー・ドーフィン」が登場する。そして62年には、そのドーフィンから発展したR8がデビュー。いっぽう日本では、4CVの国産化から学んだ経験をベースに日野初のオリジナル乗用車となる「コンテッサ900」が61年に誕生。それから3年後の64年に拡大発展型としてコンテッサ1300がデビューした。
つまりルノー4CVから見れば、R8ゴルディーニ1100もコンテッサ1300も孫世代にあたる。言うなればR8ゴルディーニ1100とコンテッサ1300は、瞳の色は異なるが、同じ祖先を持つ本家と分家の“いとこ”のような関係なのである。

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